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神奈川(2)

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「日の丸・君が代」強制反対 神奈川こころの自由裁判
Y.M.記

 1999年8月13日に、いわゆる「国旗国歌法」が制定・施行されて以降、教育現場において日の丸・君が代を押しつけようとする動きが活発になってきています。
 東京都では、2003年10月23日、石原県政の下で東京都教育委員会が、都立学校の入学式や卒業式などにおける国旗掲揚・国歌斉唱を教職員に周知徹底させ、そのような校長の職務命令に従わない教職員については服務上の責任を問うことを内容とする通達を出しました(「10.23通達」)。これにより2007年5月までの段階で、君が代斉唱時の不起立や不伴奏などを理由に、延べ388名が懲戒処分を受けています。
 けれども他方で、2006年9月21日には、東京地裁が、「10.23通達」を違憲・違法とする画期的な判決を下しています(現在、東京高裁で控訴審が係属中)。この訴訟は、処分が出る前に「10.23通達」の効力を争ってあらかじめ処分の途を封じようとするもので、一般に「予防訴訟」と呼ばれるものです。そして、東京都と同じような状況におかれた神奈川県でも、訴訟が提起されて注目を集めています。

 2004年11月30日、神奈川県教育委員会は、すべての県立学校長に対して、「入学式及び卒業式における国旗の掲揚及び国歌の斉唱の指導の徹底について」という通知を発しました(「11.30通知」)。それによれば、前年の東京都と同様、入学式及び卒業式における国旗掲揚・国歌斉唱を教職員全員に徹底させると共に、そうした校長の指示に従わない教職員については、「服務上の責任を問い、厳正に対処していく」ことが明示されておりました。
 これを受けて、2005年2月10日には、神奈川県教育委員会が、毎年行われてきた文科省による一斉調査とは別個に、すべての県立高校、盲・ろう・養護学校に対して「国旗掲揚・国歌斉唱実施状況調査」を行います。また、国歌斉唱時に起立しなかった教職員の人数の報告も開始されるようになりました。こうして、「11.30通知」を具体化する取り組みが、次々と行われるようになっていったのです。

 他方で、2005年2月6日、このような状況に危機感を抱いた教職員有志が、神奈川県でも訴訟を起こす必要性を訴えて、「神奈川県予防訴訟をすすめる会」、現在の「神奈川こころの自由裁判をすすめる会」を発足させました。
 そして、同年7月27日、県立高校、盲・ろう・養護学校の教職員107名からなる原告が、その弁護団86名とともに、横浜地裁において、神奈川県を相手取り、日本国憲法及び国際諸条約の思想良心の自由の規定と教育基本法に基づいて、今後も「国旗国歌に対する忠誠義務」を負わないとする訴訟をついに提起したのです。この裁判は、同年11月29日に第1回口頭弁論が開かれ、2008年2月8日までに13回の口頭弁論が開かれております。また、これまでに第5次の追加提訴も加え、原告の数は現在168名(弁護団は97名)にのぼっています。

 「神奈川こころの自由裁判をすすめる会」は、裁判での取り組みを進める一方で、これまで収集された不起立教職員の氏名に関する情報を、神奈川県個人情報保護条例に基づいて県教育委員会に対して開示・利用停止させる請求を行う活動も行っております。
 2006年8月16日、県教育委員会は、これらの情報について利用停止をしないという決定を行っておりましたが、2007年10月24日、神奈川県個人情報保護審査委員会が、これを「県個人情報保護条例の禁じる『思想・信条に関する個人情報の収集』に該当する」という答申を行い、県教育委員会は、この答申を尊重して収集した情報を一旦破棄するとの決定を余儀なくされました(しかし、2008年2月4日、県教育委員会は、不起立教職員の氏名の収集を継続するという方針を表明しています)。
 このように、神奈川県の教育現場における思想・信条をめぐる争いは、今だその渦中にあるといえますが、しかしこれまで一定の顕著な成果が表れてきていることは十分に評価されるべきでしょう。4月15日には、第14回口頭弁論が開催されます。今後の動向が注目されます。

 なお、「神奈川こころの自由裁判をすすめる会」のHPがあります。また、当研究所HPでも、昨年10月の神奈川県個人情報保護審査委員会の答申について扱ったことがあります。併せてご参照下さい。

<寄稿>神奈川こころの自由裁判

川口彩子(神奈川こころの自由裁判弁護団・横浜弁護士会)

 神奈川県でも進行する県立学校における「日の丸・君が代」強制ですが,以下の点において,神奈川県教委の方針は都教委の方針と異なっています。まず第一に,東京のような個別的な職務命令が出されていないこと,第二に,現在に至るまで,不起立・不伴奏による懲戒処分が出されていないこと,第三に,養護学校ではフロアでの卒業証書授与が許されていること,との三点です。
 裁判において原告は,「国歌斉唱時に起立する義務の不存在確認」を求めているわけですが,県教委はこれまで,職務命令も出してないんだし,処分もしていないんだから…と訴えの「却下」を求め続けてきました。
 東京の10.23通達から4年半,この裁判が県教委への抑止力となって,懲戒処分の発令を妨げていることは間違いありません。
 もっとも,裁判上の主張とは裏腹に,県教委の現場への締め付けは徐々に厳しくなっています。不起立による処分の可能性を宣言した2004年の11.30通知,2005年には学校ごとの不起立者の人数報告,2006年には不起立者の具体的な氏名が県教委に報告され,不起立者には校長からの「指導」が行われています。2008年には県教委の職員が不起立者を監視するため,一部の学校に派遣されるようになりました。2007年から2008年にかけて開催された神奈川県個人情報保護審議会の審理の中で,また裁判の証人尋問の中で,県教委は処分の可能性を否定することを頑なに拒みました。
 「職務命令も処分も出されていないんだから,東京より『マシ』じゃない」という見方をすることも可能だとは思います。しかしながら,処分はなくとも,勤務評定などや異動で不利益を被る可能性があったり,校長からの日々の圧力があったりと,やはり,教師としての良心は危機にさらされています。生徒の前で日ごろの言動と矛盾した行動をとることはできない,これまでの人格をかけて形成してきた自分の良心を裏切ることはできないという思いは,東京の教師も神奈川の教師も同じです。
 県教委は「国旗・国歌は日本人としてのアイデンティティの証」と言います。これに対し,「私も国民の1人ですが、私の国民としてのアイデンティティーは少し別のところにあります。それは、平和の希求、少数意見も尊重される民主主義、思想良心の自由等の基本的人権と幸福権が保障される社会システムとその実感…といったところでしょうか。ともすれば、社会的弱者とされ、差別や偏見の対象にされかねない障害児の教育に携わるようになって、そのような思いを強く持つようになりました。このような自分なりのアイデンティティーに基づいて、国民として教員としての義務と責任を果たしてきているつもりです。『国旗及び国歌を国民のアイデンティティーの証とする』ような考え方は、一つの考え方として否定はしませんが、いささか狭い考え方だと思います。」と話した養護学校の教師の証言が印象に残っています。