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新潟

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防衛庁リスト問題
Y.M.記

 2002年5月28日、毎日新聞は、当時の防衛庁が、情報公開法に基づき防衛庁や自衛隊に関する情報公開請求を行った100名以上の請求者の身元をリスト化し、さらにそれを自衛隊幹部の中で閲覧している、という衝撃のスクープ報道を行いました。それによれば、このリストは、海上幕僚監部情報公開室の担当だった海上自衛隊の3等海佐が作成、請求者の氏名、住所、請求内容などが事細かに記されており、また、特定の請求者については「反戦自衛官」といった思想にまで踏み込むような記述もされておりました。
 防衛庁は当初、リストの作成はこの3等海佐が個人的に行ったもので、防衛庁が組織的に関与したものではない、と釈明していました。しかし、6月3日には、陸上自衛隊、航空自衛隊、そして防衛庁内部でも、情報公開請求者リストが作成され、しかもその内容が各組織のLANケーブルで回覧されていたという事実も発覚し、こうしたリストの作成が防衛庁・自衛隊の中で組織ぐるみで行われていた疑いが、いよいよ強まってきました。

 このような一連の動きの中で、新潟弁護士会所属の斎藤裕弁護士が、陸上自衛隊のある1等陸佐に対する損害賠償訴訟を起こす過程で、この1等陸佐所属部隊の会計資料を防衛庁に請求していたところ、この請求内容が当の1等陸佐本人に伝えられていた事実が判明します。ちなみに、斎藤弁護士は、この請求を行う際には、氏名と連絡先しか記入していなかったにもかかわらず、3等海佐が作成したリストではしっかりと「弁護士(OB)」(斎藤弁護士は新潟市民オンブズマンの代表も務めており、OBとはオンブズマンの略記)の身分が明らかにされておりました。斎藤弁護士は、これらの事実から防衛庁・自衛隊内部で情報が日常的に共有され目的外利用されていると判断、防衛庁が情報公開請求者リストに不要な個人情報を掲載し庁内に配布したのはプライバシー侵害にあたるとして、国に600万円の損害賠償を求める裁判を起こしたのです。

 2006年5月11日、新潟地裁は、庁内でのリストの配布がプライバシー侵害にあたることを認めて国に12万円の支払いを命じたものの、リストの作成までがプライバシー侵害にあたるわけではなく、またリストの作成が組織的に行われていた事実も認められないとしました。斎藤弁護士は控訴しますが、2007年6月20日、東京高裁も、新潟地裁判決を支持し、斎藤弁護士の控訴を棄却しました。斎藤弁護士は判決後、「1審は旧防衛庁の内部調査をうのみにしたもので、2審の判断に期待したが、ひどい判断だった」と語り、上告する方針です。

 斎藤弁護士が語っているように、1審・2審の判断とも、防衛省・自衛隊側の主張をほぼ手放しで認める内容になっており、そこには日本国憲法が否定したはずの軍事によって国民の人権が脅かされるという視点に立った形跡がほとんどみられません。これでは、人権感覚に鈍感な司法判断との誹りを免れないでしょう。折しも、2審判決のわずか2週間前の6月6日には、陸上自衛隊の「情報保全隊」が、自衛隊イラク派兵反対運動などの幅広い市民運動を行った個人や団体の名前を内部文書に詳細に記録していた事実が明るみになったばかりです。そもそも、軍事組織が行う市民監視の異様性について、私たちはもっと敏感であるべきように思います。過去の過ちを繰り返さないためにも。

<寄稿>情報公開制度と個人情報保護制度がもつ意味

右崎 正博(獨協大学法科大学院教授)

 情報公開法制が施行されて6年あまり、個人情報保護法制が施行されて2年あまりになるが、これらの法制度の趣旨は未だ十分に理解されていない。何よりも、政府機関において制度の趣旨を逸脱した対応が、依然として目につく。ここに報告されている新潟での「防衛庁リスト問題」は、そのことを端的に示す事例である。

 情報公開法は、行政機関が保有する原則としてすべての情報について開示を請求する権利を何人にも認め、逆に行政機関の長に対して開示の義務を課している。このような権利と義務の関係を設定することによって、政府に対する監視と参加を可能にし、政府の透明性を確保しようとするものである。他方、個人情報保護法制は、個人情報の適正な取扱いを定めるとともに、情報公開法の下で公開原則の適用を除外される個人情報について、当該個人情報の主体である本人に自己に関する情報の開示請求を権利として認める制度であり、情報公開法同様、政府に対する監視と参加を可能にし、政府の透明性を確保しようとするものである。両者は、本来、相互補完的な関係にあり、ともに人権保障と民主主義の原理を徹底するための法制度にほかならない。 情報公開法の下では、誰がどのような目的で情報の開示を請求しているのかは、開示の可否の決定において考慮されてはならず、法律が認める不開示情報に該当するか否かの判断は、情報自体の内容に即して客観的に判断されなければならない。請求者の職業や所属団体等の情報は、開示請求状況の把握、行政文書の特定、開示・不開示の決定などの情報公開事務の処理に必要な情報ではなく、しかも、個人のプライバシーに関する情報をひそかに収集し、それを組織的に回覧するなどの行為は、たんに情報公開制度や個人情報保護制度に対する無知というだけでは済まされない。

 行政機関の対応は、個人情報の保護を口実に公的情報の公開をできるだけサボタージュしようとする一方で、政府に対して批判的な市民や団体に対して違法・不法な情報収集活動をつづけている。先月初めには、陸上自衛隊の秘密保全を担当する情報保全隊が、イラクへの自衛隊派遣に反対する市民運動や報道機関の取材に関する情報を広範囲に収集し、調査していることが明らかにされたが、問題の本質は、人権保障と民主主義のありようにかかわる問題である。憲法改正を云々する前に、政府機関に人権保障と民主主義の意識を徹底させ、定着させることが先決であると思う。