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新潟(2)

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新潟学生無年金障害者訴訟
Y.M.記

 1959年に制定された国民年金法に基づき1961年から国民年金制度がスタートしましたが、当初20歳以上の大学生や専修学校に在籍する学生等については、1989年に同法の改正が行われ強制加入制とされるまでは、任意加入とされていました。つまり、当時、経済力に乏しい学生としての立場にあった人が、ある日突然不慮の事故等によって重度の障害を被ったとしても自ら国民年金に加入することを選んでいなければ、その人は障害基礎年金を受給することはできず、それ以降の人生をなんら経済的な保障もないまま障害を抱えて過ごさなければならないということになるのです。
 実は、当時のこのような制度の下にあって現在障害基礎年金を受給できていない、いわゆる学生無年金障害者の数は、全国で4000人以上にも上るといわれております。2001年7月5日、こうした現状に対して30名の学生無年金障害者が、障害基礎年金の不支給決定の取り消しなどを求めて全国9地裁で一斉に訴えを起こしました。そのひとつが、ここで取り上げる新潟学生無年金障害者訴訟です。

 原告となったのは新潟市の社会福祉士・遁所直樹さんと三条市の鍼灸師・阿部正剛さん。遁所さんは、大学院生のときに海での事故が原因で頸椎を損傷し首から下が不随となり、阿部さんは、専門学校生のときに建物の巨大な照明器具が落下したことにより半身不随となるというそれぞれ重度の障害を負いました。けれども、2人とも事故に遭遇したのは20歳を過ぎており、しかも当時学生は任意加入制とされていた国民年金には加入していなかったため、20歳未満であれば受給できた障害基礎年金を受給することはできないとされたのです。そこで、遁所さんと阿部さんは、国に対して不支給処分の取り消しと1人あたり2000万円の損害賠償を求める訴訟を提起したのでした。

 新潟県中越地震の発生から間もない2004年10月28日、第1審新潟地裁は、不支給処分の取り消し請求については棄却しましたが、20歳以上の学生を国民年金の強制加入対象から除外し放置し続けた国の立法不作為を認め、原告1人あたり700万円の損害賠償を命じました。裁判所によれば、国民年金法が制定された1959年当時は18歳までに就職する者がほとんどで20歳以上の学生を強制加入対象から除外したことの合理性はあると考えられるが、しかし1985年に同法が改正される際にはすでに学生無年金障害者の問題が認識されるようになっており、それにもかかわらず、20歳以上の学生を免除制度や納付特例制度のない任意加入のままにして、彼らの受ける不利益を放置し続けたことは、日本国憲法14条1項の禁じる不合理な差別にあたる。
 大要、裁判所は以上のように判示して、原告に対する国の賠償責任を認めるという画期的な判断を行ったのです。

 しかしながら、国は判決を不服として控訴。2005年9月15日、東京高裁は、20歳以上の学生について、障害基礎年金を受給できる20歳未満の者及び学生ではない20歳以上の者と比べた場合の不利益を一応認めつつも、それでもなお20歳以上の学生には任意加入という途が残されている以上、これは不合理な差別とまではいえないとして第1審判決を取り消し、原告敗訴の判決を言い渡しました。
 そして、2007年9月28日、最高裁も同様に、前記両者と20歳以上の学生との間にある「両区別が何ら合理的理由のない不当な差別的取扱いであるということはできず、両区別を含む平成元年改正前の法における二〇歳以上の学生に関する前記の措置が立法政策として著しく合理性を欠くということもできない」と判示して、ここに原告の敗訴が確定することになったのです。

 学生無年金障害者の中には「掛け金も払わないで年金だけ受給しようなんて図々しい」などといういわれのない非難を受け、肉体的・経済的な苦難に加えて精神的にも肩身の狭い思いをしながら生活している人もいます。しかし、以前に当研究所のHP「学生無年金訴訟」で、この問題に精力的に取り組まれてきた山崎あづさ弁護士がいみじくも指摘されていたように、「学生無年金障害者は、制度の狭間で生まれた少数の弱者」なのです。この事件を担当した裁判官の中には、法廷で原告の両親から、20歳以上の学生の加入率がわずか約1%ほどに過ぎなかった任意加入制の頃の国民年金に学生時代加入していたのかと問われて首を振った裁判官もいたといいます。つまり、誰もが同じ境遇におかれる可能性をもっていたとさえいえるのです。
 最後に、この事件の弁護を担当した和田光弘弁護士の言葉を紹介しておきたいと思います。「学生時代に障害を負った彼や彼女は、同時代に生きた社会の一員であり、私自身かもしれないという『目線』こそ真剣に『差別』を見据える眼力である」(今井慶貴・和田光弘「新潟訴訟の『はざま差別』論への無回答」『法と民主主義』2008年1月号、55頁)。