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福井

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もんじゅ訴訟
Y.M.記

 福井県敦賀市にある高速増殖炉「もんじゅ」。高速増殖炉とは、燃料となるプルトニウムを使って発電を行いながら、同時に燃料のプルトニウムも新たに増殖させて造り出す原子力発電所のことをいいます。しかしながら、高速増殖炉の開発は、技術的に相当な困難を抱えているともいわれ、経済的なコストもかかるために欧米諸国では開発を断念する国が多くなってきています。また、技術的に管理が難しいこともあって危険性は高く、現に1995年12月8日には、「もんじゅ」の試験運転中にナトリウム漏れ火災事故が発生し、それ以降、「もんじゅ」の運転は停止されています。
 このような高速増殖炉「もんじゅ」の建設にあたり、敦賀市ではこれに反対する市民が、積極的な反対署名活動などを長年にわたり行ってきました。しかし、1983年5月27日には、時の中曽根康弘首相が旧動燃事業団に対して、「もんじゅ」の建設を許可します。
 これに対して、1985年9月26日、福井県の住民39名が原告となり、旧動燃事業団に対して「もんじゅ」の建設と運転の差し止めを求める民事訴訟を、そして国に対して「もんじゅ」の建設許可の無効確認を求める行政訴訟をそれぞれ提起したのでした。

 2000年3月22日、第1審の福井地裁は、原告住民側の訴えを全面的に退けるという判断を行いました。ところが、2003年1月27日、原告住民が控訴した第2審の名古屋高裁金沢支部は、「もんじゅ」設置許可の前提となった災害防止のための「安全審査」には「重大な瑕疵」があり違法・無効であることから、国による「もんじゅ」建設の許可処分は無効であるとして、原告住民側に対して逆転勝訴の判決を言い渡したのです。原発関連訴訟において原告側が勝訴したのは、実にこれが初めてのケースでした。
 しかしながら、国側が上告した2005年5月30日の最高裁判決では、名古屋高裁金沢支部判決が取り消され、再び原告住民側敗訴の判断がなされたのです。行政の裁量を広く認め、あまりにも行政を追認するような内容の判決でした。最高裁判決から約1ヶ月後の6月28日には、原告住民側が最高裁に対して再審請求を行いましたが、同年12月15日に、最高裁はそれを棄却しています。

 憲法改正を主張するひとつの論拠として、現在の憲法には「環境権」が明示されていないなどということが、しばしばいわれることがあります。けれども、もしそれを真剣に主張しようとするのであれば、現在の原子力行政の実態こそが、まず問題とされなければならないのではないでしょうか。まさに「もんじゅ」のケースは、そこに横たわる矛盾を浮き彫りにしたものといえそうです。
 ちなみに、1995年12月の火災事故以来運転が停止されている「もんじゅ」は、現在改造工事が行われ、2008年5月には運転が再開される予定になっています。

<寄稿>
「もんじゅ訴訟の教訓」(原子力安全行政と法の支配)

吉村悟(もんじゅ訴訟弁護団・福井県弁護士会)

原子力発電所は、原子炉内で核燃料を核分裂反応させた熱で発電する施設です。原子炉はその運転によって人体に有害な放射性物質が多量に発生するため、安全性が確保されないと、放射能によって、従業員や周辺住民の生命、身体に重大な危害を及ぼし、周辺環境を汚染するおそれがあります。そこで、原子炉等規制法は、万が一にも原子炉災害が起きないようにするため、原子炉設置許可処分の段階で、十分な安全審査を行うことを求め、その審査は専門科学者で構成する原子力安全委員会の最新の科学的知見に基づく判断に依拠して行うことにしています。そして、原子力安全委員会の審査基準が合理的なものでないか、又は、審査基準に基づく評価の結果、ひとつの審査事項についてでも安全が確認できないおそれが生じた場合、原子炉の設置許可は許されないこととされています。
ところで、高速増殖炉もんじゅは、福井県敦賀市にある実験段階の原子炉です。高速増殖炉は、消費した以上の核燃料物質を増殖する点で「夢の原子炉」と呼ばれたこともありますが、今では、先発国のアメリカやフランスでさえ開発を断念しています。その原因のひとつは、原子炉から熱を取り出す冷却材として使われるナトリウムが、酸素や水と激しく反応して爆発的に燃焼する物質で安全確保がむずかしいからです。事実、もんじゅの危険性を心配した周辺住民が原告となって、もんじゅの設置許可の無効確認等を求める訴訟を提起したところ、その審理中の1995年12月8日にナトリウム漏えい事故が発生し、この事故がきっかけとなって、国の安全審査では、ナトリウムが漏えいしても、絶対に穴が開かずコンクリート製の建物を防護すると想定されていた鋼鉄製床板が、実際には貫通するおそれがあることが明らかになりました。それは、ナトリウム漏えい事故に際し、発電所建物の損壊を防止し、原子炉冷却システムに支障が起きないようにすることを求めた安全審査基準に適合しないことを意味します。第一審の福井地裁はその重大性に気付かないまま住民敗訴の判決を言い渡しましたが、控訴審の名古屋高裁金沢支部はこの問題を正面からとらえて、2003年1月27日、もんじゅの安全審査には審査基準違反の重大な誤りがあったとして、原子炉設置許可処分を無効とする判決を言い渡しました。
すると、国の原子力行政の担当者や原子力工学者の一部は、「ひとつの審査事項について安全が確認できなくても、原子力発電所にはほかにも安全設備がある」、「設置許可段階で安全が確認できなくても、設置許可以後の段階で安全が確保できる可能性も残されている」、「鋼鉄製の床板でも、ほかの安全装置を追加すれば貫通を防止することができる」等として無効判決を批判し、最高裁は、この批判を受け入れて、2005年5月30日、住民敗訴の判決を言い渡しました。しかし、原子炉等規制法は、「万が一にも原子炉災害が起こらないようにする」という観点から、原子炉設置許可の段階で、安全審査事項のすべてについて安全が確認されることを許可の要件としています。安全審査の基準は、原子力安全委員会が原子炉施設の設置を許すための安全基準として国民に約束した基準ですから、それを充たさない事例が明らかになったときに、基準の方を緩めて解釈するのは本末転倒であるばかりか、国民に対する科学者の約束違反です。無効判決を批判する工学者や行政担当者の見解は、原子炉設置許可の段階における安全審査の制度趣旨を曲解したものであり、他方、行政の誤りをチエックすべき最高裁が、この批判に屈したのは、原子炉等規制法と原子力安全工学の関係に対する理解不足であったと、私は考えています。
現在、原子炉の耐震設計指針が改訂され、全国の原発で安全確認のやり直し作業が進められていますが、改訂された耐震設計指針には有力な地震学者から批判が出されています。大地震時代の到来がいわれるなか、法律家には、原子力安全行政に対する研究を深め、国民の安全の観点からの発言を強めることが期待されている、もんじゅ訴訟の経験はそのことを教えていると思います。