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山梨

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日川高校校歌訴訟
H.T.記

 大日本帝国憲法時代、日本は「万世一系の天皇」が統治し、天皇が統治権を行使するためには、その支配に服する「臣民」を育てる教育が最重要の課題でした。「教育の震源」は、天皇が発した「教育勅語」に定められました。教育勅語には、「事あらば国の為に戦う事」など12の徳目(道徳)が並べられています。
 全国の学校の校歌も、皇国史観や軍国主義を色濃く反映していました。
 山梨県立日川(ひかわ)高等学校(戦前は旧制中学校)の校歌もその一つです。校歌3番には、「質実剛毅の魂を/染めたる旗を打振りて/天皇(すめらみこと)の勅(みこと)もち/勲(いさおし)立てむ 時ぞ今」とあります。

 国民主権に基く日本国憲法に反する詔勅などが効力を失い(憲法98条1項)、衆・参両院が教育勅語の排除、失効確認を決議した下で、これらの校歌が姿を消し、あるいは改作されたのは当然の成り行きでした。
 しかし、日川高校の校歌には何らの手も加えられませんでした。校歌にある「天皇の勅」が教育勅語を指していることは、1970年代に至っても同校の校長が明言し、2001年に発刊された同校創立百周年の記念誌にも、60年代の校長による「神州第一の黌(学びや)」と記した高校詩が掲載されました(週刊金曜日607号)。
 
 この歌詞に強い違和感を抱いた同校の卒業生有志は、歌詞について質問したり改定を提案したりしました。しかし、県や校長等どの段階でも議論自体が無視されました。そこで、同校卒業生ら17名の県民は、2004年1月、歌詞にいう「天皇の勅」とは教育勅語を指すが,教育勅語の精神とは,統治権を総らんする天皇の神聖不可侵性や祭政一致を建前とする明治憲法の天皇制の基本思想と密接不可分の関係にあり,憲法及び教育基本法の精神と相容れない。(1)このような本件校歌を教育課程に取り入れて教育したことは明らかに違法というべきである。(2)従って、校歌指導のために費やされた教職員の人権費や学校運営費109万円余の支出も違法な公金支出になるとして、県知事に対して、県教育長らに同額の損害賠償金等を支払うよう、住民訴訟(地方自治法242条の2第1項4号)を甲府地方裁判所に提起しました。(1)財務会計上の行為の前提となる行為が違法であるなら、(2)それに基づく支出も違法となるという主張です。

 甲府地裁は憲法判断を行うことなく棄却しました。
 そして、東京高等裁判所も、06年5月17日、概略以下のような理由で控訴を棄却しました。
 (2)の損害賠償責任を問うことができるのは、(1)の先行する原因行為に重大かつ明白な違法が存する場合等に限られる。本件校歌指導のために教育課程の一部が費やされたとしても、その全教育時間に対する割合は、0.18%に止まるのであるから、教育課程に全体として重大かつ明白な違法があるということはできないことは明らかである。よって、公金の支出自体が違法となるとの議論を適用するための前提を欠く。

 但し、控訴審は、判決理由の中で、「本件歌詞が国民主権,象徴天皇制を基本原理の一つとする日本国憲法の精神に沿うものであるのかについては異論があり得るところであって,本件歌詞を含む本件校歌指導を教育課程に取り入れることの当否についても,十分な議論が必要であるということはできる」として、一定の憲法判断を示しました。

 この判決については、教育勅語による校歌指導は、「重大かつ明白な違憲・違法」ではないか、校歌指導に費やす時間が0.18%程度と少ないのは当然であり、そのことが違法判断に影響するというのは常識を欠くのではないか、等の批判があります。憲法に基づく教育行政が行われるよう監視する役割を担っている司法は、その使命を放棄してはいないか、問題となる事件でしょう。

 とはいえ、判決は「異論があり得る」として県民自身も含めた「十分な議論」を期待しています。その後の「議論」は進んでいるのでしょうか。昨年末、教育基本法が改定され、愛国心も謳われました。「何となく」歌い続けられているとしたら、この校歌が徐々に実体を持って来るという、新たな問題も発生していると思われます。

<寄稿> 日川高校「天皇の勅」校歌訴訟

河西 久(山梨県在住・原告代表)

 山梨県立日川高校は、日本国憲法下にある高校である。1916(大正5)年に制定された校歌の3番では、「質実剛毅の魂を/染めたる旗を打振りて/天皇(すめらみこと)の勅(みこと)もち/勲立てむ時ぞ今」と歌われている。
 学校当局をはじめ関係者にとって、日本国憲法等で失効している「天皇の勅」を残すためには憲法を越える価値が必要だった。校内では校歌で歌われる「質実剛毅」が校訓となり、「文武両道」が教育方針とされた。同窓会誌上では、「至誠」(校歌2番)、「日川魂」、「神州第一の黌」(百年誌)など、さまざまな表現が使われた。校歌を残すことによって戦前的価値を復権させ、戦中の負の遺産を免罪しようとする意図はあきらかである。1963年、敗戦後“謹慎”していたかつての元貴族院議員や元翼壮総務などの有力者が同窓会の会長職につき、現職国会議員がその後継者になると、「天皇の勅」を称える校歌を持つ高校は「全国でも稀有の存在である」(田辺国男同窓会長・国会議員〔当時〕)と称揚されるに至った。
 私たちは1985年以来今日まで、22年間に渡って議論を求める要請を行ってきた。しかし、その声は常に無視され、門前払いとなり、時には恫喝を受けなければならなかった。町村信孝文部大臣(当時)や山本栄彦山梨県知事(当時)へも公開質問状を送ったが、回答はそれぞれ「設置者の判断」「学校の判断」と言うのみで、何の進展を見せることもなかった。田辺同窓会長は開封なしに返送している。
 私たち山梨県民17名は2003年10月に住民監査請求を行ない、提訴は2004年1月になった。提訴を受けた関係者のコメントは記憶に新しい。

  鶴田正樹校長(当時)「教育勅語を歌いこんだという根拠はなく、歌詞は象徴天皇と解釈している。」(『朝日新聞』2004・1・24)
  加藤正明同窓会長(現)「(校歌で歌われる『天皇の勅』は)教育勅語ではなく、国民の幸せや世界平和を願う天皇陛下の言葉と考えればいい。」(『産経新聞』2004・1・23)

 甲府地裁が争点から逃げようとする訴訟指揮をしたため、私たちは「裁判官忌避」を行なったほどだった。控訴審の東京高裁の判決が下されたのは、2006年5月17日のことである。高裁は一審判決同様に賠償請求は棄却したものの、日川高校校歌については、
  (1)歌詞が日本国憲法の精神に沿うかについては異論がありうる。
  (2)校歌指導を教育課程に取り入れることの当否についても、十分な議論が必要。
 との判断を示した。
 2007年1月、高裁判決に基づき、私たちは新たな公開質問状を関係者に送付したあと校長室に市川校長を訪れ、「議論の場の設定」についての申し入れを行った。しかし、半年以上たった今も何の返答も得られていない。(2007・8・9)