法学館憲法研究所は、憲法を系統的に研究し、個人の尊厳の実現をめざす非政府組織としての自由な研究機関です

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長野

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丸子警報器事件
H.T.記

今、労働者に支払われる総人件費の削減と「格差社会」が進行しています。その主な原因は、正社員を減らし、派遣、請負、パート労働者など「非正規雇用」の労働者の著しい増加です。中でも、パート労働者(所定労働時間が通常の労働者よりも短い労働者)はこの20年で3倍近くになり、約1260万人に達し、全労働者の4人に1人となりました。パート労働は、雇用の保障がなく、社会保険も適用されないなど、正社員と比べて不公平、不均等な待遇が社会問題になっています。特に賃金の差別は深刻です。男性は正社員の半分、女性は7割です。長く勤めても、賃金にはほとんど反映されません。スーパーの店長など従来は正社員が担当していた基幹的な地位に就いても、差別は続いています。この賃金の差別を初めて問題にしたのが、丸子警報器事件(長野地方裁判所上田支部・1996年3月15日判決)です。

 丸子警報器は長野県にある自動車部品を製造販売する会社です。ここに期間2か月の雇用契約を反復更新する形で数年から25年継続勤務する日給の28人の女性パート労働者が、正社員との差別賃金額の支払い等を請求して訴えを提起しました。原告らが従事する業務は、女性正社員もいる製造ライン等で労働の内容、勤務時間、勤務日数は正社員と同様でした。正社員には、原則的に年功序列の基本給が月給として支払われていました。

 原告らが差別だと主張する理由とそれに対する判決は多岐に渡りますが、ここでは均等待遇に関連する問題について紹介します。

 原告らは、パート労働と正社員は同一(価値)労働に従事しているのに、低い賃金しか支払わないのは、同一(価値)労働同一賃金の原則という「公序良俗」に反すると主張しました。
 主張や判決には明示されていませんが、「公序良俗違反」という概念の背後には、憲法14条で保障する平等権の侵害という考え方があります。憲法は国家権力に向けられた規範です。従って、憲法は、この事件のような私人同士の問題には直接には適用されず、民法などの法律の解釈にあたってその趣旨を十分斟酌するという形で憲法を間接的に適用すべきだというのが通説であり、裁判所の立場です。従って、本件でも、民法90条の「公序良俗」に違反するかどうかが問題になりました。

 判決は、「これまでの日本社会においては、年功序列、前歴加算、生活給などの制度が設けられており、同一(価値)労働同一賃金の原則は『公の秩序』とは言えない」としました。しかし、「労働基準法3条(均等待遇)や4条(男女同一賃金の原則)は同一(価値)労働同一賃金の原則を反映したものであり、その根底には、およそ人はその労働に対し等しく報われなければならないという均等待遇の理念が存在し、これは人格の価値を平等と見る市民法の普遍的な原理と考えるべきものである(傍線は筆者)。この理念に反する賃金格差は、使用者に許された裁量の範囲を逸脱したものとして、公序良俗違反の違法となる場合がある。」という趣旨の判示をしました。そして「原告らの賃金が、同じ勤務年数の女性正社員の8割以下となるときは、許容される賃金格差の範囲を明らかに超え、その限度において被告の裁量が公序良俗に違反し違法となる」と判断し、8割までの賃金の支払いを命じました。

 この判決は、大きな反響を呼びました。今年の春闘でも均等待遇の要求に援用されました。今国会に上程されているパート労働法改正案でも、一定の均等待遇の実現に向かって後押しする力となりました。

 しかしながら、この改正案で同一(価値)同一労働が適用されるのは、パート労働のうちのごく一部の例外的なケースに過ぎません。ILO(国際労働機関)パート条約やEU(欧州連合)及びその加盟諸国では、正社員との差別を禁止する「均等待遇の原則」を定めています。日本でも、憲法14条や13条(個人の尊重)の理念を実現するために、格段の努力が望まれます。

「臨時者の賃金差別撤廃の新しい扉を開いた熱き28人の女性たち」 

全日本金属情報機器労働組合(略称JMIU)
長野地方本部 書記長 塩之入 安男

 長野地裁上田支部の画期的な判決から11年、東京高裁で実質的な正社員化を勝ち取ってから7年が経過しました。人間の尊厳を求める28人の女性たちのたたかいは、語り尽くせない沢山のドラマがありました。JMIU丸子警報器支部の当時の委員長だった立場から裁判闘争を振り返ります。

(1)臨時者が組合に加入し 愚痴を要求に変え 裁判闘争へ

 1970年代の後半から労働組合に対抗する形で正社員の採用やめ2ケ月契約の既婚女性のみを採用した事から管理職と臨時者で従業員の半数近くを占めました。
 JMIU丸子警報器支部は、「みんなが安心して働ける職場」を目指して、組合規約を変え、90年に臨時者を組合に迎え入れたことから事件が始まりました。組合に加入して3年で多くの事を学んだ臨時者は93年10月に裁判提訴。マスコミが大々的に報道した事から反響の凄さは想像に絶するものがありました。「臨時者の賃金は安くて当たり前」の風潮が強く、しばらく人に合うのが苦痛だと訴えたほどでした。
 28人の女性たちは、勇気を振るいおこし「男性は正社員になれるのに、既婚女性はどんなに頑張っても高卒の初任給より安い賃金」「子供を産み育て働く事が、どこが特殊なのですか」(既婚女性は特殊従業員規則により形式的な2ケ月契約更新)「こんな差別は私たちの代で終らせたい」の必死の訴えは、しだいに地域の人々の心を動かし世論となり丸子町での住民過半数を超える署名の実現や「一日も早い争議解決を求める」町議会全員一致の決議となり、県内はもとより全国各地に広がりました。

(2)長野地裁の画期的な判決

 長野地裁上田支部に提訴してから判決までの2年5ケ月、13回の弁論では毎回28人の原告が交代で感動的な意見陳述を背景に裁判長を先頭に異例の原告の労働実態検証がビデオカメラを使って行われました。そして3月15日の判決は、県内外から寄せられた共感の多くの署名、裁判官の心を動かす世論をつくった大きな運動を背景に、「およそ人はその労働に対して等しく報われなければならない」「一定年月以上勤務した臨時社員には正社員になる途を用意するか、あるいは地位はそのままとしても年功序列賃金を設ける必要がある」「同じ勤務年数の正社員の8割以下となるとき公序良俗に違反し違法」という全国ではじめての賃金差別を認める画期的な判決につながりました。
 この判決は、テレビ・ラジオで流され、新聞各紙は一面トップでとり上げた事から、全国各地から「たたかってくれてありがとう」「おかげで待遇が改善されました」等々の手紙や「判決を交渉に生かしたい判決文送って欲しい」「是非、話を聞きたいので来てほしい」等々の激励や問い合わせが殺到しました。長野県内ではこの判決によって多くの職場で臨時・パートの待遇改善が進みました。(地裁の判決後、報復的に60歳を超えた臨時者の解雇事件(原告2名)が起きたが、地裁、高裁でも完全勝利し職場に復帰。その後、長野県では解雇問題が起きても、この事件の判決が活用され裁判にならず大半が解決)

(3)東京高裁で一審を上回る実質的な正社員化で和解

 東京高裁に舞台を移したたかいは、原告はもとより当該支部の予想をはるかに超え、1100万人の不安定雇用労働者の期待を担う全国的なたたかいとなりました。東京高裁では最後意見陳述を含めて11回の法廷、12回の和解交渉が行われました。この間、高裁の大法廷には毎回入りきれない100名以上の傍聴者がかけつけ、全国から6千7百を超える団体署名と17万7千余の個人署名が集約されるなど支援の輪が野火のように広がりました。
 12回に及んだ和解交渉の結果、99年11月29日、東京高裁で和解が公開法廷で成立しました。和解条項は、@臨時者の賃金は、日給制をあらため月給制とする。A通常の4月昇給とは別に、平成16年まで(6年間)毎年12月に月額3,000円の特別増額是正をおこなう。B昇給・夏冬のボーナスは、正社員と同一の計算方法とする。D退職金は、和解成立から60歳までは正社員と同一規定を適用し、60歳以降は従前の基準に2.5倍に改める。事が決められました。この和解によって、実質的に正社員化を勝ち取った原告28名は、すでに10名が退職しましたが、定年の定めがないため60歳を過ぎた人も含め現在でも18名が職場で頑張っています。

(4)丸子判決をいまに生かそう

全日本金属情報機器労働組合(略称JMIU)は、07春闘では、「格差と貧困をなくそう」の旗を高く掲げ、「すべての仲間の賃上げ」「若者に雇用を」「均等待遇」の課題で奮闘し、偽装派遣の仲間の直接雇用、雇用の拡大、企業内最賃の引き上げで大きな成果をあげ奮闘しています。組合の組織率が20%を割り込み、青年の2人に1人、労働者の3人に1人が非正規労働者と言われ、ワーキングプアが流行語になるなど貧困と格差が拡大しています。昨年全労連の「臨時・パート連絡会」やJMIUは、それぞれ丸子判決をから10年の節目として「丸子判決を職場地域に生かそう」のシンポジュームを開きました。いま、「均等待遇」の理念に反する差別は違法とした丸子の判決をどこの地域・職場にも生かすことが必要だと思います。(丸子警報器事件の全容は学習の友社から「パート臨時だって労働者」の冊子が発行されています。)