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長野(2)

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松本サリン事件
Y.M.記

 鹿児島県で発生した志布志事件でも明るみに出たように、捜査段階における警察など捜査機関の密室主義は、これまでにもしばしば無辜の市民の人権を侵害し、その結果、「冤罪」を生み出す温床となってきました。しかし、「冤罪」はそれだけによって作り出されるものではありません。つまり、マスメディアが、捜査機関の発表した情報だけを鵜呑みにして、十分な検証も尽くさないままそれを報道し続けることによって作り出されることも、往々にしてあるのです。その典型的な事例が、オウム真理教によって引き起こされた「松本サリン事件」です。

 1994年6月27日夜半から、長野県松本市の住宅街で神経ガスのサリンが散布され、翌28日未明にかけて住民7人が死亡し数百名が負傷するという、一般市民を巻き込んだ前代未聞のテロ事件が起こりました。後にこれは、同地域内の施設立ち退きを求められた裁判で敗訴になることを恐れ原告住民や担当裁判官を殺害しようとした、松本智津夫率いるオウム真理教による犯行であったことが明らかになります。
 しかし、長野県警は、この事件の第一通報者であった河野義行さんを重要参考人として、河野さん自身や家族も被害に遭い入院したにもかかわらず、連日執拗なまでの事情聴取を行いました。さらに、事件発生翌日には、「被疑者不詳」としながらも河野さんの自宅を強制捜査し、農薬などの薬品類を押収しています。
 この間、河野さんを事件の真犯人とする内容の報道は加熱していきました。NHKを始めとするマスメディアは、「第一通報者の自宅で毒ガスが発生した」、「この第一通報者は薬品の調合を誤ったと話している」などといった、河野さんをあくまでもクロと決めつける警察からの情報のみを元に、あたかも河野さんが真犯人であることを強く印象づけるかのような報道合戦を行っていったのです。
 結局、河野さんへの疑いが消える方向に向かい始めたのは、1995年3月20日にオウム真理教が東京の地下鉄内で再びサリンを散布したことを契機として、同教団による一連の犯罪行為が徐々に明らかになっていってからのことでした。けれども、捜査にあたった長野県警は、河野さんに対する謝罪はこれまで一切行っておりません。また、マスメディア各社も、紙面などにおいて謝罪文を掲載したりはしたものの、やはり直接河野さん自身に対して謝罪をしていないのが実状です。
 河野さんの妻である澄子さんは、事件後現在に至るまで意識が回復していません。

 マスメディアはよく「社会の公器」と呼ばれます。国民が自己の考えを形成するために様々な情報に触れ、またそこで国民が「知る権利」を充足するためにも、マスメディアの役割や存在意義は大きく、それが「表現の自由」の一環である「報道の自由」の存立根拠となっているわけです。
 しかし、そのような影響力をもつマスメディアがひとたび暴走し始めると、「社会の公器」が「社会の凶器」にいとも簡単に変貌しかねません。「やらせ報道」などが今なお耳を賑わせることも多い中、マスメディアの「品格」が改めて問われているようにも思われます。