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三重

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名張毒ぶどう酒事件
T・O記

 1961年3月28日夜、三重県名張市で、ぶどう酒を飲んだ女性5名が死亡し、12名が重軽傷を負う事件がありました。警察は、死亡した女性の一人の夫である奥西勝氏を、殺人容疑で逮捕しました。奥西氏は、いったんは自白したものの、その後は犯行を否認し続けましたが、検察は奥西氏を起訴しました。そして、1審の津地裁は無罪判決を言い渡しましたが、2審の名古屋高裁は無罪判決を覆し、奥西氏に死刑を言い渡し、最高裁もこれを認め、死刑判決が確定しました。

 その後も奥西氏はえん罪を訴え、再審(裁判のやり直し)請求を続けました。再審を安易に認めることは、日本が三審制をとっていることの意義を没却してしまうことから、なかなか認められません。奥西氏は度重なる再審請求の棄却にもかかわらず、再審請求を続けました。そして第7次の再審請求について、2005年4月5日、名古屋高裁は、毒物混入が他の者による可能性があることや、混入された毒物はニッカリンTとされているが、実は別のものであった可能性、自白の信用性の疑わしさなどから、再審請求を認める決定をしました。

 この決定は、「疑わしきは被告人の利益に」という刑法の大原則を再審決定に際しても用いるとした最高裁の「白鳥決定」(1975年)の趣旨にも添うものであり、メディアや専門家からも評価されるものでした。

 ところが、検察はこれに異議を申立て、2006年12月26日、名古屋高裁は、毒物がニッカリンTであった可能性も否定できない、奥西氏以外に毒物を混入できる人物はいない、などとして、再審決定を取消しました。

 この決定に対しては、「疑わしきは罰するのか」(朝日新聞社説)、「再審の道を狭めすぎている」(河北新報社説)、「この決定はうなずけぬ」(新潟日報社説)、「救済の門を狭めたのか」(北海道新聞社説)、「違和感が残る判断だ」(徳島新聞社説)など、多くの新聞が社説で批判しました。専門家からも、「再審決定の判断基準が、白鳥決定以前に戻った」などと批判が寄せられています(例えば朝日新聞2006年12月26日付夕刊の光藤景皎氏(名城大学教授)や、朝日新聞12月27日付朝刊の川崎英明氏(関西学院大学教授)のコメント、平山正剛日弁連会長の声明など)。

 「疑わしきは罰せず」「10人の真犯人を逃がすとも1人の無辜を罰するなかれ」。これは刑法の大原則です。これは、誤った有罪判決は重大な人権侵害であるという考えに基づきます。憲法で刑事手続が厚く保障されているのも、こうした考え方に基づいています。2009年には裁判員制度の導入も控えていることからも、こうした刑法の大原則や憲法が定める刑事手続の保障について、本件のような事例を通じて、市民のいっそうの理解が必要であるように思います。

<投稿>一日も早く、最高裁は再審開始を決定し、奥西勝さんの人権の回復をはかり、正義と真理を求める国民の声に応えよ!

稲生昌三(名張毒ぶどう酒事件・無実の死刑囚、奥西勝さんとの面会人/国民救援会愛知県本部副会長)
 

 あ然とした、同じ名古屋高裁の刑事二部の「再審開始取り消し」の不当決定に、怒りとともに日本の刑事司法これで良いのかの声が沸き起こっています。この決定は「新証拠を仔細に検討、自白の信用性を疑問とし」「合理的疑い」を明示した再審開始決定に対して「事実にもとずく科学的検討をしりぞけ、自白の任意性と信用性に偏重した」「疑わしきは被告人の利益に」の近代刑事司法の到達点をかなぐり捨てた、およそ司法判断とは云えない不当な決定でした。直ちに名張毒ぶどう酒事件・弁護団は最高裁へ特別抗告を行いました。

 事件から46年、死刑囚として獄中37年余、今年1月14日に81歳を迎えた奥西勝さんへの励ましが続いています。名古屋、三重の高校生17名から「奥西さん負けないで」の手紙(直接本人には発信出来ない。面会人が全文を代筆)に「若い人達がこんなに励まして下さるんだから元気と勇気を出して、えん罪を晴らすため命の限りがんばります」とのお礼のメッセージが奥西さんから届きました。

 この高校生の一人、彩華さんは「法律も何も知らない私ですが、新証拠の事実に目を塞ぎ、裁判官の頭の中での判断で人を罪人にしてよいのでしょうか。私達でも判ること、大人で、しかも裁判官が何故判って上げられないのか」と訴えています。
 約六百名余の人達の絵手紙での励ましは年間、千数百枚が届けられて来ましたが、不当決定への怒りとともに「マスコミも世間の人もこれは裁判じゃあない」「気力と体力を失わず、真実が報われる時が必ず来る」「きっとお会い出来る日が来ますよ」などの言葉を付けて、これまでに倍する励ましが連日、届けられています。

 支援運動も新たな広がりとなって毎月の最高裁への要請行動には上申書・署名がこれまでにない勢いで進められ、法学者96氏の声明や有識者の論文、ジャーナリスト、文化人の声明など各階の人々の支援と世論の輪が広がっています。街頭での宣伝・署名行動ではどこでも短時間に以前を倍する署名が寄せられています。

 昨年末、12月26日の刑事2部、門野博裁判長は始めに決定有りきの取り消し決定を行いました。弁護団や支援組織には「高齢だから早期に決定を出したい」との意向を伝え、2週間前の決定日の告知要請に応えて回答、決定を裁判所自ら請求人に弁護団、検察と共に伝えるとの通告でした。異議審の中では再審開始決定に対して科学的な実証に立ったまともな反論も出来得なかった高検の姿が明白となり、毒物に関する証人調べにおいても、疑問の余地の無い実証が行われてきた経緯から、今度こそ再審への道が開かれるとの確信は、請求人、弁護団、支援者誰一人疑うことのないものでした。期待に胸熱くしていた奥西勝さんが午前10時に受け取り、見開いた決定の主文は「取り消す」との目を疑う通告でした。前日には4名の死刑執行が行われ、心境を思うにつけ、この通告は「お前、もう観念せよ」との惨い、人間的にも資質を疑わざるを得ないものと云わざるを得ませんでした。

 5月22日、最高裁はこの門野博裁判長を東京高裁総括判事とするとの栄転人事を発表しました。無辜の救済をはかる再審制度の扉を閉ざすこと、この目的を果たした歴史に残る最悪の決定への最善の処遇と云われても仕方がありません。

 同じ証拠で、一審無罪、逆転死刑、無罪推定の再審開始、そして取り消し。二度にもわたって天と地と司法判断が揺れ動き、人の命と人生をもてあそび、言語に絶する長期の人権侵害を続けることが許されるのでしょうか。このことを持ってしても再審開始以外にありません。

以上