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京都

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京都における戦後の憲法運動と今
上田勝美(龍谷大学名誉教授)

戦後60年間、京都の憲法運動は、わが国の憲法運動史の中で、特異の、ある意味で全国の護憲運動をリ一ドする役割を果たしてきたといえる。その特色を以下に概観する。

京都の戦後の護憲運動は、科学者と労働組合と一時期の蜷川革新府政が渾然一体となり、全体として、今日に至るまで、平和憲法擁護の運動を推進してきたといえよう。勿論・護憲運動の流れは、太く力強い時期もあったし、また相対的にトーンダウンした時期もある。

上に述べた京都における護憲運動を推進した社会科学者としては、対日講和条約の締結に対して、全面講和条約の推進をした人たちである。これは、例えば、講和に関して「平和問題談話会」が何回かにわたって、「平和」または「全面講和」を求めて声明を出しているが(岩波書店の雑誌『世界』の掲載)、そのうち「京都平和問題談話会」に結集した学者は21人に上る。例えば、恒藤恭、末川博、田畑忍、田畑茂二郎、前芝確三、桑原武夫など法学者、文学者、経済学者など錚々たる教授が名を連ねている。
東京の談話会は、大内兵衛、羽仁五郎、丸山真男、矢内原忠雄ら31人が名を連ねている。これらの科学者は、平和と民主主義に関する著書や論稿を矢継ぎ早に発表している。
対日講和条約の締結を境に、京都、関西における護憲の論陣を張り、護憲運動を理論的にまとめていったのは、初期には、やはり、京都平和問題談話会に結集した人々がその中心であった。

次に、京都における護憲運動が最大限盛り上がった時期は、蜷川虎三氏が知事に就任した時期とほぼ重なる(蜷川府政は7期28年間続いた)。特に、1964年17月に、内閣の憲法調査会が答申(平和憲法改悪の条件整備として)を出したことを契機に、全国の「平和と民主主義」を推進する諸運動と連携して、京都でも、以後、今日に至るまで、「平和憲法』擁護の運動を推進する、さまざまな組織、団体が結成された。特に、1965年には、中央憲法会議(憲法改悪阻止各界連絡会議の略称)が結成(8月13日)されたことを契機に、京都憲法会議(同年8月24日・末川・恒藤・田畑・大西良慶清水寺貫主らが代表〕の結成、同年11月9目には全関西学者文化人憲法問題懇談会の発足、66年2月23日には京都府市民団体協議会発足、5月3日には京都府が主催する「憲法記念府民の集い」が開催された。これらの府、学者文化人の会や府市民団体の開催する「平和憲法擁護の集い」は何時も会場がいっぱいになる盛況であった。
これらの「平和憲法擁護」の各会は、1979年ごろまで確実に継続して開催された。なお、京都憲法会議は今も健在で奮闘している。

また、以上に述べた各界の憲法擁護運動と平行して、1962年に憲法の重要問題を研究し、研究書を出版するために、憲法研究所(代表田畑忍、恒藤・末川両氏渾顧問)が創設され、10数冊の書物が継続的に出版され、また市民向けの憲法講座(当初は毎土曜日)が開講された。また憲法研究所(現在上田勝美が代表委員・45年間継続)の姉妹研究会として「憲法政治研究会」が結成され、今日に至っている(49年間継続)。

なお現在の京都における憲法運動の広がりは、政府の憲法改悪の策動に対して、既存の憲法擁護の諸団体を包摂する形の「憲法署名実行委員会」が組織され(04年5月結成)、毎年5月3日と11月3日を中心に大きな広がりを見せている。他方、2004年6月10日に大江、奥平、井上氏ら9人で組織された「九条の会」が発足し、京都でも9月25日に「大江・奥平・鶴見』氏ら三氏による「9条の会」が開催され、2000人以上の市民が詰め掛けた。この京都で会の裏方を務めたのが、先の「憲法署名実行委員会」の面々であった。同じく本年5月3日には、京都会館に2400人(会場いっぱい)が集い、憲法改悪阻止に向けて、各人の思いを新たにしたのであった。この「9条の会」は、現在、京都で大小400を越えるまでに発展している。

<寄稿> 
ユーモアとヒューマン・・・京都の憲法運動

小西 悟(京都在住・法学館憲法研究所賛助会員・文化行政職人)

「憲法を暮らしの中に生かそう」・・・かつてトラさんと親しまれた知事蜷川虎三さんが京都府庁にかかげた「憲法垂れ幕」は京都府民の誇りでした。その垂れ幕がなくなって約三十年。しかし,憲法を「暮らしの中に生かす」つまり「憲法と庶民の暮らしを別のものとせず,結びつける」ことを実践するなら,蜷川さんの心はなお生きているといえるのではないでしょうか。
京都に四条河原町という繁華街の中心があります。人通りが多いため,京都で憲法を守る人たちが,よく宣伝をします。しかし,ここを通り過ぎる人たちの多くはショッピングが目的。そのためか,ビラの受け取り,特に若い人の反応があまりよくないのです。まさに「買い物」,売る人からみれば「お商売」という,憲法とあまり関係なさそうな雰囲気の中で憲法を語る訴えをします。私は,かつて戦争の時代に「ほしがりません,勝つまでは」「ぜいたくは敵だ」というスローガンがあったことを話します。まさに軍国主義は「お商売の敵」でもあり,「平和でこそショッピングも楽しめる」ということを訴えます。特に西陣などは「七七禁令」という,日付は七夕と同じでもロマンチックじゃない「ぜいたく禁止令」のために大打撃を受けた歴史があります。
人間は神様でもなければ,ロボットでもない。「ぜいたく」や「遊び心」を否定されては幸福追求権の侵害です。そこで,なんと「遊び心」からか「酒を飲む」ことと「憲法」を結びつけた日本酒「九条」(おまけはポケット憲法)まで造ってしまうところに京都人のユーモアがあります。まさに,憲法を「酒を飲む」という「暮らしの一部」に生かしているではありませんか。この酒「九条」を飲めば,第二,第三の蜷川さんが生まれるでしょう。だって人は酔えばトラになるのだから。