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京都(2)

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水源の里条例
H.T.記

 京都府のほぼ中央に位置する綾部市は、2006年12月、「水源の里条例」というロマンチックな名前の耳新しい条例を制定しました。

 「兎追ひし かの山 小鮒(こぶな)釣りし かの川」で始まる唱歌「故郷」は、日本で最も親しまれている歌(の一つ)です。日本の心の故郷と言ってもいいでしょう。しかし、その故郷があちこちで崩壊しつつあります。

 背景には、工業化、経済のグローバル化などで農業が切り捨てられ、生産費を割るに至った米価の低落などにより「農業恐慌」とさえ呼ばれる日本の農業の危機があります。農家の跡継ぎがいなくなり、過疎化、高齢化が急速に進行しています。この現象が最も顕著に現れているのが中山間地域です。

 65歳以上の高齢者が集落人口の50%を超すと、冠婚葬祭をはじめ農業用水や道路の維持管理などの社会的共同生活の維持が困難になります。このような人口構成で共同体の機能維持が困難となっている集落は中山間地や離島に多く、「限界集落」と呼ばれています。共同体として生きていくための「限界」に直面しているからです。限界集落では老人夫婦だけと一人暮らしの老人世帯が大半を占めています。
 2006年に国土交通省が行った調査では、限界集落は全集落の12.6%の7873に達し、消滅の恐れのある集落が2641あります。

 限界集落を抱える中山間地では、人手不足のため林業や農業がなりたたず、放置された人工林や耕作地が増えています。このため、林には下草も生えず雨が地表面を洗い沢は水枯れし、漁業も営むのが困難になり、やがて商業も消えていきます。

 これは、上流域にある中山間地だけの問題ではありません。山に囲まれた上流の地域は、下流に住む人たちにとって大切な水源です。保水力の低下は、雨が降ると鉄砲水による洪水などで、下流域の住民の生活に大きな障害を発生させています。古来生産されてきた独自の農産物が都市住民に届かなくなり、地方全体の食文化の伝統も途切れます。美しい森林や水など豊かな自然は、下流住民にとっても心を癒す安らぎの場です。

 このように、限界集落の問題は、上流と下流の人々の「健康で文化的な生活を営む権利」や環境権、あるいは、地域で生活しながら幸福を追求する権利(以上について憲法25条、13条参照)を脅かす問題です。そもそも、憲法で保障している地方自治(92条)の理念は、地域で安定した豊かな生活が営めることを前提にしています。

 そこで、上流と下流に住む人を分離した施策を行う発想を転換し、「上流は下流を思い、下流は上流に感謝する」という理念を基に全国に先駆けて制定されたのが、綾部市の「水源の里」条例です。条例の対象は川の上流にあり、高齢者が6割以上で20世帯未満の5つの集落です。

 条例にもとづいて、定住促進や特産物の育成に予算が振り向けられ、集落の活性化が図られています。トチの実で「とちもち」を作って近くの温泉で販売したり、特産のフキの農園オーナーを募って都会と交流を図ったりしています。

 この綾部の取り組みは同じ悩みを持つ全国の地域の注目を集め、視察が相次ぎました。07年11月に結成された「全国水源の里連絡協議会」には38都道府県155市町村が加盟しました。

 今、綾部市は条例の理念の実現のために試行錯誤を続けています。日本と世界の農山村を跳びまわり、その実態に詳しい大野和興さんと山下惣一さんの共著「百姓が時代を創る」(七つ森書館)では、「『限界集落』は『平成の姥捨て山』だ。そうして都会に集まった若者たちがワーキングプアを形成している。これは新自由主義が生み出した新しい現象で根っ子は一つだ。」と述べられています(山下さん)。
 中山間地の集落は国土を保全し、文化を継承する公益的役割を持つ「公共財」です。食料自給率のアップ・食の安全という食料政策の推進と合わせて、地方の自立した生活圏を復興、樹立し、共生社会を建設する綾部市の実験の広がりが注目されます。