法学館憲法研究所は、憲法を系統的に研究し、個人の尊厳の実現をめざす非政府組織としての自由な研究機関です

法学館憲法研究所

Mail info@jicl.jp


 

兵庫(2)

一覧表へ>>
レセプト情報公開請求事件
Y.M.記

 2005年4月1日から、いわゆる個人情報保護法が施行されました。このことにもみられるように、高度情報化社会の進展に伴うプライバシー保護の必要性への意識は、国民の間でもリアルな形で確実に高まってきているように思われます。
 もっとも、プライバシー保護の一環として個人情報を保護するといっても、それは単に個人が自分自身に関する情報をみだりに公開されないという消極的な意味だけをもつわけではありません。そこには、個人が自己情報を公開する範囲を主体的に決定するということ、さらには本人が自己情報の開示・訂正・削除を要求するという積極的な意味が含まれてくるのです。先の個人情報保護法にも、こうした個人の権利が定められています。問題は、そうした自己情報の開示を認める法律や条例がない場合には、本人の請求によっても自己にかかわる情報は開示されえないのかということです。この点が争われたのが、レセプト情報公開請求事件です。

 兵庫県在住のXさん夫婦は、自分たちの赤ちゃんを生後間もなくに亡くしていました。けれども、Xさん夫婦はこの死因に疑問を抱き、医療ミスが原因であったとして担当した医者と病院を後に訴えます。その際、Xさん夫婦は、裁判所の命令により入手した病院のカルテが医療ミスを証明するためには不十分なものであったため、病院側が兵庫県に提出していた医療内容の記載のある医療報酬明細書(レセプト情報)の開示を、兵庫県知事に対して請求したのです。しかし、当時の兵庫県では、自己情報の開示の権利と手続を定めた個人情報保護条例がまだ制定されていませんでした。そのため、Xさん夫婦は、兵庫県の公文書公開条例に基づいて当該請求を行ったのです。
 ところが、これに対して兵庫県知事は、このレセプト情報が同条例に定められた非公開事由に該当するとして、非公開の決定を行います。そこで、Xさん夫婦は、この決定の取り消しを求める裁判を起こしたのです。

 1995年11月27日、第1審神戸地裁は、自己情報開示制度は公文書公開制度とは性質の異なるものであるし、Xさん夫婦が依拠した公文書公開条例には自己情報開示を認める規定や手続は存在しないとして、Xさん夫婦の請求を退けます。
 しかし、1996年9月27日、第2審大阪高裁は、同条例に定められた非公開該当事由の目的は個人のプライバシー保護にあり、個人情報が記載された公文書であっても、本件のように請求者がその情報に関する本人であってプライバシー保護が求められない場合には、当該公文書は公開されるべきであるとして、Xさん夫婦の請求を認めたのでした。これに対して、兵庫県知事らが最高裁に上告したのです。

 そして、2001年12月18日、最高裁も、兵庫県知事の上告を棄却して、Xさん夫婦の請求を認める判断を行いました。最高裁によれば、情報公開制度(公文書公開制度)と個人情報保護制度(自己情報開示制度)は、そもそも異なる目的を有するものであるが、しかし、それらはまったく相容れないものというわけではない。それらは、「むしろ、相互に補完し合って公の情報の開示を実現するための制度ということができる」。そして、情報公開制度において個人情報が非公開とされるのは、個人情報保護制度で保護される「個人の権利利益と同一の権利利益を保護するためであると解される」。従って、個人情報保護制度がまだない状況においては、情報公開制度を通じてなされる自己情報開示請求は、それを明文でもって禁じている場合を除き、「当該個人の上記権利利益を害さないことが請求自体において明らかなときは、個人に関する情報であることを理由に請求を拒否することはできない」とすべきである。
 以上のように最高裁は述べ、最終的にXさん夫婦の訴えを支持したのでした。

 先述もしたように、個人情報保護の背景にあるプライバシーという考え方には、自己情報をみだりに公開されないという要請と、自己情報を本人が主体となって管理するという2つの要請があると考えられます。その意味で、本来国民が主権者として実効的な活動を行うために求められる情報公開制度を、個人情報保護制度としての自己情報開示制度がなき場合、あくまでも個人の権利保護を念頭にそれを補完するものとして活用することを認めた最高裁の判断は、極めて妥当なものであったと評価できます。

<コメント>
「レセプト情報公開請求事件」についての感想など

片桐悦子(兵庫県在住・法学館憲法研究所賛助会員)



 この事件の一審判決を知った時、まず素人感覚として、非常に驚いたのを覚えています。なぜなら、本人のレセプト情報の公開を請求している当の本人に対し、「本件条例には、本人開示を認める規定も手続もないので、本件条例8条1号には開示請求者が本人であっても適用される」としてXさん夫妻の請求を認めず、兵県知事は非開示決定をおこなったからです。
 当該条例8条1号には「実施機関(本件の場合は知事)は次の各号のいずれかに該当する情報が記録されている公文書については、公文書の公開を行わないことができる」として「個人の思想、宗教、健康状態、病歴、住所(以下略)等に関する情報」であって、「特定の個人が識別されうるもののうち、通常他人に知られたくないと認められるもの」は公開しないことができる旨規定があり、当該レセプトはこれに該当するというのです。

 Xさんがレセプト情報を請求しているのですから、「特定の個人が識別されうる」のは当然ですが、「通常他人に知られたくないと認められるもの」ということを誰が判断するのでしょうか。
 地裁の判決では特定の個人の主観的判断の如何を問わず、社会通念に照らして判断すると他人に知られたくない思うことが通常であると認められる情報というものと解するのが相当であるとしている」のですが不可解です。
まさかとは思いますが行政機関の場合には往々にして、医療過誤が疑われるということで必死の思いで(カルテは改竄される可能性が大きい)レセプト情報を求めた市民の立場よりも、対極にある医療機関の意向に配慮することがあります。そういう場合にこそ、裁判所は可能な限り国民あるいは市民の立場にたって、法の適正な解釈・適用に努めてほしいと強く思います。


兵庫県が控訴審で敗訴した後、最高裁に上告したのですが、上告理由書はかなりの長文で、その中で大阪府をはじめ、他府県の公文書公開条例についてふれています、それによると大阪府では、兵庫県より2年早く公文書公開等条例が施行されていて(1984年3月20日)、しかもその第3章を「公文書の本人開示及び自己情報に関わる記載の訂正」とし、その17条において、自己情報開示制度を定めています。
この早い時期に同条文の中に「本人開示請求」を取り入れたその先進性は、その前文あるいは第1条(目的)のところに如実に顕れています。すなわち前文には「民主主義の活性化、情報は本来府民のもの、人権を守り、府の保有する情報の公開原則、「知る権利」の保障と個人の尊厳、」目的には公文書の本人開示、などが朗々と謳われていたのでした。
 今や大阪府、兵庫県等全国のほとんどの都道府県、市町村で情報公開条例と個人情報保護条例が施行されています。憲法21条の表現の自由、知る権利、13条の個人の尊重の精神が充分に生かされることを期待したいと思います。