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奈良(2)

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奈良市安全安心まちづくり条例

森本駿一(奈良市地域安全条例を考える会事務局長)

 奈良市は、2008年4月から、「奈良市安全安心まちづくり条例」を制定、施行しています。
 今、「体感治安の悪化」を理由に、全国で「生活安全条例」の制定が進んでいます。「生活安全条例」は、1994年の警察法改正により警察庁に生活安全局が設置されて以降、同局と防犯協会が制定を推進しています。奈良市の上記条例もその一環をなすものです。現在、この条例の基本計画の策定中です。

 この条例の第1条には次のような「目的」が書かれています。
 「この条例は、安全・安心で快適なまちづくりに関する基本理念を定め、市の責務並びに市民、自治会等及び事業者の役割を明らかにするとともに、安全・安心で快適なまちづくりに関する施策の基本となる事項を定めることにより、すべての市民が安全で安心して快適に生活することができる奈良市を実現することを目的とする。」

 一見、市民の安全安心に役立つ適切な条例のように考えられますが、基本的人権の侵害の危険を含む次のような問題があり、基本計画の策定に当たっては十分慎重な検討が必要です。

 まず、「体感治安の悪化」が制定理由になっていますが、市内の犯罪件数は02年の9517件をピークに、06年では5498件と減少しています。「治安の悪化」自体は存在しません。これは、全国的な現象でもあります。刑法犯認知件数については、2003年から減少してきています。悪化しているのは、市民の「不安感」なのです。これは多分に政府・警察のPRの仕方やマスコミ報道に助長されていると考えられます。ですから、条例にも、「安全」だけでなく主観的な「安心」という言葉が使われています。

 「奈良市地域安全条例を考える会」は、条例制定の動きを受けて、2008年2月16日シンポジュウムを開催しました。シンポジュウムでは、清水雅彦氏(当時明治大学講師・現札幌学院大教授)から以下のような話がありました。
 “政策としての『奈良市安全安心まちづくり条例』は、市民による相互監視がすすめば人間不信社会になり、監視カメラ等が増えれば当然、プライバシー権や肖像権の侵害がおこり、「安全」を名目に人々の自由や権利が侵される危険性がある。治安活動は警察の本来の仕事であり、そのために警察には特別な権限と知識と職責がある。それがない市民は治安活動をやるべきではない”

 条例には、市民は「良好な地域社会の形成に努めるものとする」として市民の役割が定められています。本来自立的な市民ですが、行政が都合がよいと考える「社会」に組み込まれるおそれがあります。また、「迷惑行為の禁止」として、「他人に迷惑をかけることのないように、マナーを遵守する」など、こまごまとしたことも規定されています。これは、住民あげて「不審者」「異端者」を監視・排除する危険があることを考慮する必要があるでしょう。

 自治会については、「地域の防犯力を高める核となるべき存在であることを認識し」と規定しています。自治会は住民の自主的な組織であり、住民間の交流や親睦を深める活動を主にする団体であり、防犯の責務を負わせるのは、自治会活動への介入の危険があります。

犯罪が増えるとすれば、根本的には経済情勢の悪化、貧困や格差の問題があり、行政が取り組むべきなのは福祉切捨ての構造改革を転換し、自治体本来の仕事である民生の安定を図ることです。市民や子供たちの安全を実現するには「市民的な議論」を大きく広げること、そして住民の信頼関係を深めることが必要です。

 条例に基づく基本計画の策定に当たって、先日、事務局案が策定委員会で提案されました。
 当初の条例案は私たちの要求・運動で修正しました。これにより、とりわけ(1)「基本的人権を尊重し」の文言挿入、(2)市民の責務、自治会の責務、事業者の責務という表現を、「市民の役割」、「自治会等の役割」、「事業者の役割」に変更したことを私たちは評価していました。しかし、基本計画案を見ると、それは、批判をかわすための方便にすぎなかったと思われます。「推進体制」が、従来の「項」から「章」に格上げされ、「推進体制」として3項目(庁内推進体制、関係団体との協働、計画の見直し)が明記され、警察中心の体制を作ろうとしています。
 基本計画では、「自らの安全は自ら守る」「地域における自主的な活動の推進」「地域の安全は地域で守る」と本来警察がすべきことを住民、自治会に押し付けています。
 基本計画の策定に当って、傍聴を呼びかけ、策定委員会や事務局に対して申し入れ、市民の意見を反映させるために力を尽くしたいと思います。