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鳥取(2)

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変電所建設問題 - 変電所建設と子どもの平穏学習権
駒井 重忠(本件仮処分の申立人側主任代理人・鳥取県弁護士会)

 鳥取市の中心部に生徒数約120名の小さな市立小学校があります。明治5年に創設された歴史のある小学校で、地域の住民からも愛されています。

 ところが、この小学校の隣接地に変電所が建設されることになりました。
 変電所やこれに付随する送電設備から発生した超低周波電磁界の長時間被曝と小児白血病及び小児ガンの発症数の増加との間に疫学的に有意な結果が存在するという論文が世界中で複数発表されており、国際ガン研究機関(IARC)によっても「人への発ガン性の可能性を示唆する限定的だが信頼性のある証拠がある」という評価がなされています。そのため、小学校に子どもを通わせている保護者や地域の住民たちの多くは、小学校に通う子どもの健康に悪影響が生じるのではないかとの不安を抱き、変電所の建設に反対しました。

 一方、電力会社は、電気の安定的な供給には変電所の建設が必要であることや、超低周波電磁界の被曝と小児白血病及び小児ガンの発症との因果関係が科学的に証明されていないこと、国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)が設定した健康影響から防護するための指針値を超えるものでないこと、他に適切な代替地がないことなどを理由に、変電所の建設を進めました。
 鳥取市も間に入り、保護者及び地域住民と電力会社との間で幾度か話し合いが行われましたが、安全性の証明がないと主張する住民側と危険性の証明がないと主張する電力会社との間に解決の糸口は得られず、平成18年12月、ついに変電所の建設が着工されることとなりました。

 保護者や地域住民は司法的解決に委ねるしかないと判断し、平成19年3月、小学校に通う子どもとその保護者合計239名が申立人となり、変電所の建設工事禁止の仮処分を鳥取地方裁判所に申し立てました。鳥取県内の弁護士12名が子どもと保護者の権利を守るために有志となり、無償で保護者側の代理人となることを引き受けました。
 申立にあたって、申立人らは、変電所の建設操業によって、小学校に通う子どもの平穏学習権(子どもが自己の生命や健康に不安を抱かずに安心して通学する権利)が侵害されると主張し、また保護者の平穏教育権(保護者が子どもの生命や健康に不安を抱かずに安心して通学させる権利)が侵害されると主張しました。

 確かに、超低周波電磁界の被曝と小児白血病及び小児ガンの発症との因果関係は未だ科学的に立証されている段階にはないため、変電所の操業によって子どもの生命及び身体の安全が侵害されることを証明することは困難です。ですが、変電所の建設操業によって小学校に通う子どもや保護者が不安を感じ、安心して通学する(通学させる)ことができない状況に置かれることは現実に存在する深刻な問題でした。なぜ、小学校の近くに変電所を作らなければならないのか、危険性の証明はないというがそれは現在の科学が証明できないというだけであって、もし将来危険性が証明された場合に子どもに対して誰が責任をとれるのか、なぜ子どもの健康に不安を感じながら通学させなければならないのか、保護者の悩みは実に深刻なものでした。保護者からの相談を受けた我々弁護士も悩みました。「健康被害との因果関係が立証できないので司法的解決は困難である。」そんな木で鼻をくくるような返答では司法の役割が果たせないと感じました。現実に存在する深刻な悩みをどうやって法的な権利に結びつけ、どのようにすれば実質的な司法的解決に導けるのかを考えた末、まさに現実に存在する生の不安を直接的に捉えて、これを平穏学習権及び平穏教育権として構成し、司法の場にぶつけることにしたのです。
 申立人らが法的主張の要とした平穏学習権及び平穏教育権の根拠の一つに憲法13条があります。申立人らは、憲法13条が保障する幸福追求権の一内容としてある人格権には平穏学習権及び平穏教育権が含まれると主張し、人格権に対する妨害排除請求権としての工作物等撤去請求権を保全すべき権利として仮処分を申し立てました。

 裁判所は申立人らの現実の声に耳を傾け、大上段に立った抽象的な因果関係論に終始することなく、変電所から発生するであろう磁界の予測値に関して詳細な資料を電力会社に提出させ、予測値の根拠について電力会社に詳細な説明を求めるなどの方法により、審理を慎重に進めました。

 結果として、問題となっている変電所から発生するであろう磁界予測値は疫学的に有意な数値を下回るであろうと判断され、申立は棄却に終わりましたが、審理の過程において申立人らは話し合いの場では得られなかった詳細なデータを入手することができました。また、鳥取市の仲介によって地域住民と電力会社との間に安全協定が締結されるといった成果も生まれています。電力会社も送電線を地下深くに埋設し、変電所を屋内型変電所としたり、変電所と小学校との間に別の建物を建設してバッファとするなどの対策を講じ、地域住民からの要望があれば磁界測定を行うなど、地域住民の理解を得ようと努力しています。

 以上