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岡山

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朝日訴訟
Y.M.記

 日本国憲法25条1項は、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」として、国民の「生存権」を保障しています。もっとも、この規定については、当初、国民ひとりひとりになんらかの請求権を保障したものではなく、もっぱら国家の政治的・道義的な責任を謳ったものに過ぎないとする見方が一般的でした。ところが、「生存権」についてのこのような見方に根本的な疑問を提起し、その後の法的権利としての「生存権」論の形成に多大な影響を与えることになる、ある憲法訴訟が提起されます。それが、今からちょうど50年前の1957年8月15日に東京地裁に提起された「朝日訴訟」です。

 この訴訟の原告であった故・朝日茂さんは、重度の肺結核患者で長年にわたり国立岡山療養所に入所し、生活保護法に基づく医療扶助と月額600円の日用品費の生活扶助を受けていました。その後、朝日さんは、実兄から月額1500円の仕送りを受けることになります。ところが、岡山県の津山市社会福祉事務所長は、この1500円から600円を、これまで生活扶助として支給されていた日用品費にあてさせ生活扶助を廃止し、さらに残りの900円を、医療費の一部自己負担分として朝日さんに負担させる、という内容の保護変更決定を行いました。朝日さんは、この決定を不服とし、少なくとも仕送りから1000円を日用品費として手元に残して欲しいという不服申し立てを岡山県知事と厚生大臣に対して行いますが、それぞれ却下の裁決がなされました。ちなみに、日用品費月額600円という当時の生活保護基準は、肌着でいえば2年に1枚、パンツでいえば1年に1枚しか購入できないほどの金額だったといいます。争いは司法の場へと移され、ここから朝日さんの苦しい戦いが始まることになるのです。

 第1審の東京地裁は、日用品費月額600円という保護基準が健康で文化的な最低限度の生活水準を維持するには足りない違法なものである、という朝日さんの主張を認め、本件保護変更決定を憲法25条の趣旨に合致せず違法と判断し、厚生大臣の却下採決を取り消しました。ここで注目されるのは、東京地裁判決が、「健康で文化的な最低限度の生活」とは、「単なる修飾ではなく」、「理論的には特定の国における特定の時点において一応客観的に決定すべきものであり、またしうるものである」と明確に述べている点です。しかしながら、第2審の東京高裁は、本件の月額600円という保護基準は「すこぶる低額」ではあるけれども違法とまでは断定できないとして、第1審東京地裁判決を取り消しました。朝日さんは上告し、戦いの場は最高裁へと移されますが、ここで悲劇が起こります。1964年2月14日、朝日さんは、病状が悪化し、裁判の行方を見届けることなく帰らぬ人となったのです。

 本件訴訟は朝日さんの養子が相続人として引き継いだものの、1967年5月24日、最高裁は、朝日さんの死亡によってこの訴訟は終了した、という判断を行いました。もっとも、最高裁は、「念のために」として、次のような判断も行っています。つまり、日本国憲法25条の「生存権」は、個々の国民に対して具体的な権利を保障したものではなく、その実現のために国政を運営すべき責任が国にあるということを宣言したものに過ぎない。なにが「健康で文化的な最低限度の生活」にあたるのかは、厚生大臣の裁量に委ねられており、その裁量権の行使に著しい濫用がある場合は別として、厚生大臣による生活保護基準の決定が直ちに違法とされることはない、というのです。しかし、これでは、国の側が「生存権」の実現をいくら怠ったとしても国民の側からそれに対抗すべき途はまるでなく、「生存権」は有名無実に等しい、と語っているのとなんら変わりはないことになるでしょう。志半ばにして倒れた朝日さんの無念を察してなおあまりある判決内容であることは間違いありません。

 「人間裁判」とまで呼ばれた「朝日訴訟」は、最終的に原告が敗訴という結果に終わってしまいましたが、他方で、先にも述べたように法的権利としての「生存権」論の形成に多大な影響を与えたばかりではなく、裁判支援運動の隆盛と共に、1960年代から70年代にかけての政府による福祉政策の一時的な見直しに貢献していった点は注目されます。けれども、現在の政府による度重なる増税や福祉切り捨ての諸政策、そして生活保護の適正化という名の下に生活が困難な人に対しても保護を受けさせず餓死にまで至らせてしまうような福祉行政の実態に目を転じるとき、朝日さんが命を賭してまで戦い抜こうとした「朝日訴訟」から学ぶ意義は、今なお大きいといえるでしょう。

<投稿>1歳になりました

岩間一雄(岡山県在住・NPO法人朝日訴訟の会会長)


朝日茂氏の遺品で枕元に最期までおかれていた子守人形
 2006年2月に、NPO法人「朝日訴訟の会」が設立されて丸一年あまり経ちました。直接のきっかけは、朝日訴訟関連資料(ダンボール箱12箱分)でした。資料の中味は、サンプリング調査の結果、朝日訴訟が国民的大訴訟となっていった秘密を解明するための不可欠の資料類が含まれている可能性が高いことが判明しました。
 そうした貴重な資料を埋もれたままにしておいていいだろうか、放置して散逸するに委せてしまっていいだろうか―。岡山県患者同盟からこの資料を託された私たち岡山県社会保障推進協議会は、こうした問いと向き合いました。その後三年の準備期間を経て、この法人の設立に至りました。
 私たちの第1の事業は、残された資料を整理保存することです。現在のところ、会員数約200(団体個人あわせて)です。諸経費は、会費収入によって賄うことにしていますが、膨大な資料の整理にはとてもとても足りません。どうしたものかと困惑していたところ、幸いにも、NPO法人「非営利・協同総合研究所 いのちとくらし」から調査補助費が支給されることになりました。また、他方、現在二人の献身的なボランティアに恵まれ、この膨大な資料との格闘が少しずつ進み始めています。
 私たちの第2の事業は、朝日訴訟の精神を一人でも多くに人々に、とりわけ若い世代に普及することです。いまは第二の朝日訴訟の時代といわれています。小泉=安倍「構造改革」の結果、生活保護を必要とする世帯数は増加の一途を辿っています。それと裏腹に、社会福祉費の大幅削減が強行されています。その結果、一方で生活保護申請を窓口で拒否する窓際作戦がとられ、餓死者や自殺者を生んでいます。他方では、老人加算や母子加算が削られ、修学旅行に行けない児童のニュースなども伝えられています。それが、次々に憲法25条違反訴訟を発生させています。

人間裁判の碑の前で養子となって訴訟を継続した朝日健二夫妻(中央)とNPOの役員
 そんな時代であるだけに、生存権を守る意義を若い世代に語りかけ、そうした訴訟に対する理解を深め、社会的正義を積極的に追求する精神に目覚めるきっかけとして行きたいと考えています。
 私たちは、この2月第2回総会を期して、会誌「人間裁判」」(創刊号)を発行しました。「朝日訴訟の闘いとその今日的意義」(新井章弁護士)、「朝日茂さんの闘病史を語る医学的資料の発掘」(松岡健一医師)などを収めています。
 今年は、朝日訴訟50周年の節目の年です。この裁判闘争の意義を改めて噛みしめるための企画を目下準備中です。皆さんのご協力ご援助を切望しています。

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