法学館憲法研究所は、憲法を系統的に研究し、個人の尊厳の実現をめざす非政府組織としての自由な研究機関です

法学館憲法研究所

Mail info@jicl.jp


 

広島(2)

一覧表へ>>
薬事法違憲判決
Y.M.記

 生産や売買などの個人の自由な経済活動を保障する「経済的自由権」のひとつに、「営業の自由」を含む「職業選択の自由」があります。日本国憲法では、22条1項がそれを保障しています。ただし注意しなければならないのは、そこには「公共の福祉に反しない限り」という制約が特に明文で課せられていることです。つまり、人権一般に共通して内在する制約のみを受ける「精神的自由権」とは異なり、「経済的自由権」ではさらに、人の健康や生命に対する被害を防止するため、あるいはまた大企業などによる独占化を抑えて中小企業などの経済的弱者を保護するために、公的な規制の存在が予定されているわけです。
 問題は、どのような場合に、こうした規制が憲法違反になるのか、ということです。この点が争われ、しかも日本では数少ない最高裁による違憲判決となったのが、薬事法違憲判決です。

 1950年代後半から医薬品の生産が急増しメーカーによる廉価薬品の販売合戦がなされ、薬品小売業界が混乱する中、国会では、薬事法の大きな改正が、1960年代になって段階的に行われました。その内容とは、薬局開設を従来の登録制から許可制へとし(1960年)、またそれらの過当競争を防止するために薬局開設に距離制限をおく(1963年)、というものでした。
 そのような中、中国地方で医薬品販売を行っていたXは、広島県内の店舗で医薬品の一般販売業を行うべく広島県知事に対して許可申請を行いましたが、広島県知事は、1963年改正による薬局開設の距離制限規定とその委任を受けた広島県条例の配置基準(既存業者から概ね100m離れているものとする)によって、Xの許可申請を不許可としました。
 これに対し、Xは、これらの規定が憲法22条1項の「職業選択の自由」に反するとして、不許可処分の取り消しを求めて訴えを起こしたのです。

 1967年4月17日、第1審広島地裁ではXが勝訴しましたが、1968年7月30日、第2審広島高裁は、Xに逆転敗訴の判決を下しました。そこでXは上告します。
 そして、1975年4月30日、これを受けた最高裁は、大要次のように、全員一致で薬局開設の距離制限を違憲とする判断を行ったのです。
 最高裁によれば、職業とは「社会的相互関連性が大きいものである」以上、「殊にいわゆる精神的自由に比較して、公権力による規制の要請がつよ」いものである。しかしながら、その規制の態様を決定するのは国会の「合理的裁量」であるとしても、その「範囲」については「事の性質上おのずから広狭がありうる」のである。薬局開設のための許可制は、「国民の生命及び健康に対する危険の防止という消極的、警察目的のための規制措置」であることが意図されていたはずである。ところが、ここで許可条件とされている薬局開設の距離制限には、それを支持するだけの合理的な根拠は見当たらない。つまり、「競争の激化−経営の不安定−法規違反という因果関係に立つ不良医薬品の供給の危険が、薬局の段階において、相当程度の規模で発生する可能性があるとすることは、単なる観念上の想定にすぎず、確実な根拠に基づく合理的な判断とは認めがたいといわなければならない」のである。この点からすれば、国会の判断は、「その合理的裁量の範囲を超え」ている。
 以上のように最高裁は述べ、薬局開設の距離制限を定めた薬事法の規定が憲法22条1項に反して無効である、と結論づけたのでした。ちなみに、同規定は、この判決から2ヶ月後の同年6月に削除されています。

 これまでみてきたように、「経済的自由権」には、その性質からして公的な規制の可能性が留保されていることは否めません。しかし、それが恣意的な形で行われたりするようでは困ります。この意味で、薬事法違憲判決は、規制目的に着目してそれを実現するためには薬局開設の距離制限という規制手段が合理的なものであるかどうかを事実に照らして厳格に検証していったという点で、極めて妥当な判決であると評価できるでしょう。

 最後に、むしろ今、「経済的自由権」に対する公的な規制のあり方として問題にしなければならないのは、「格差社会」を拡大する方向での政府の「規制緩和」によって野放図に展開する大資本中心の新自由主義的経済体制についてであるように思われます。