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愛媛

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愛媛玉串料訴訟
Y.M.記

 東京・九段の日本武道館からほど近いところに位置する靖国神社。入り口の大きな鳥居をくぐって中に進むと、そこには日本近代軍制の父祖とされる大村益次郎の像が高く屹立しています。現在は単立の一宗教法人ですが、戦前戦中は陸海軍省が管轄し、日本の軍事精神的な支柱の役割を果たした軍事施設でした。

 その靖国神社に対して愛媛県は、1981年から1986年の間、同神社が主宰する年間行事である春秋の「例大祭」と夏の「みたま祭」に、玉串料と献灯料の名目で県の公金から計76000円を支出していました。これに対し、愛媛県の住民らは、これら県の行為が日本国憲法20条3項及び89条に反すると主張。浄土真宗の僧侶である安西賢誠さんを原告団長として、地方自治法に基づき、当時の愛媛県知事などを相手取り支出相当額分についての損害賠償を求める裁判を起こしたのです。

 ここで住民たちが援用した日本国憲法の規定をみてみましょう。日本国憲法20条3項は、「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない」、同89条は、「公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、・・・これを支出し、又はその利用に供してはならない」と規定しています。これらの規定がいわゆる「政教分離原則」と呼ばれるものです。

 なぜこのような規定が導入されたのでしょう。かつての日本では、明治憲法下の天皇主権体制において、靖国神社をはじめとする神社神道が特権的・国教的な地位を与えられており、それ以外の宗教を信仰する人たちの信教の自由は迫害・弾圧にさらされていました。日本国憲法では、このような反省をふまえ、個人の信教の自由を確実なものとするために以上のような「政教分離原則」が規定されるに至ったわけです。これは日本だけに限らず、態様の差こそはあるものの、政治と宗教の癒着を阻止するために広く世界中で採用されている制度なのです。

 第1審の松山地裁は原告の主張を認めましたが、第2審の高松高裁はこれを覆しました。ところが、1997年4月2日、原告の上告を受けた最高裁は、公金からの愛媛県の奉納行為の「目的」が「宗教的意義」をもつと認め、その「効果」が「特定の宗教に対する援助、助長、促進になる」とし、さらに「これによってもたらされる県と靖國神社等とのかかわり合いが我が国の社会的・文化的諸条件に照らし相当とされる限度を超える」ことになるので、愛媛県の行為は政教分離原則に反する違法な公金支出にあたる、と判断したのです。(判決全文(PDF))このように、問題となっている公権力の行為の「目的」と「効果」に着目してその合憲性を判定するやり方を「目的効果基準」といいます。もっとも、「目的効果基準」については、適用の仕方によってはまったく異なる結論が導き出されるなど曖昧な点も多く、それに対する学界からの批判も少なくありません。けれども、本件は、こうした「目的効果基準」を用いながらも、それをかなり厳格に用いて違憲判断を導いた画期的な事例といえるでしょう。ちなみに、最高裁が政教分離の関係する事件で違憲判断を行ったのは、実にこれが初めてのケースでした。

 本件で原告らが用いたタイプの訴訟方式は、「住民訴訟」と呼ばれます。これは、地方自治体に住む住民が、その個人個人に対する直接具体的な損害がなくとも、住民たる資格だけで地方自治体の議会や長などの違法行為を争うためのもので、地方自治法にその定めがあります。しかしながら、現在、政教分離に関係する国レベルでの行為の違法性、例えば首相の靖国神社参拝などを個人が争う方法は、「住民訴訟」のような形では存在せず、専ら精神的苦痛などを理由とした国家賠償法上の損害賠償請求訴訟のような遠回りの形をとらざるをえません。これは法制度の不備に他ならず、日本国憲法32条の「裁判を受ける権利」の観点からも、抜本的な制度改革が求められているといえるでしょう。

<投稿> 最高裁大法廷勝訴判決から10年そして改憲「案」では

安西賢二(愛媛玉ぐし料訴訟原告団長・真宗大谷派専念寺住職)

1982年から15年にわたり闘ってきた住民訴訟による愛媛玉ぐし料訴訟は、最高裁大法廷において15人のうち13人が公費支出は違憲との判決を下しました。判決後の成果は、特定宗教への公費支出問題では自治体が支出をとりやめたり、住民訴訟になった場合でも、住民側勝訴のケースが多く出てきました。国家と宗教の癒着・結合がどれほどの人権侵害を引き起こし、危険なことになるか公的機関はもとより国家神道時代の日本人のあいまいな宗教意識から考えても大事にしなければならない判決だと思います。この判決の意義を確認し、広く伝えようと毎年判決日の4月2日には「勝訴記念集会」を開催してきました。10年になります。

しかし小泉前首相は、この判決や国内外の批判も無視し、靖国神社に2001年から6度もの参拝を繰り返しました。靖国神社という国民の精神支配イデオロギー施設に関わろうとする「国の宗教的活動」に対し、私たち玉ぐし料訴訟の原告や当時の支援メンバーが中心になり国賠訴訟として引き継いだのが、小泉首相靖国参拝違憲「四国訴訟団」でした。同様の訴訟は沖縄・福岡・四国・大阪・東京・千葉と各地で提起され、一部を除き多くの裁判所は憲法判断にまで踏み込みませんでした。さすがに首相の靖国参拝を合憲とする裁判所はありませんでしたが「木を見て森を見ず」の司法の姿勢に平和憲法の前文を忘れたのかと叫びたい思いです。

現在、憲法9条を中心に派兵を可能にする改憲の動きが活発です。忘れてならないのは9条とセットで「信教の自由」をうたった20条も改憲対象だということです。自民党改憲案では「社会的儀礼」や「習俗的行事」ならば政教分離原則に抵触しないことになる危ない文面です。つまり改憲案は「戦うことのできる国家」にする以上「祀ることのできる国家」にしなければならないということです。「目盛りのない物差し」(目的効果基準)は法廷ではまだ生きています。今や玉ぐし訴訟大法廷判決補足意見(尾崎・高橋両判事)の再読時です(判決全文(PDF))。