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長崎

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三井松島じん肺・長崎訴訟
H.T.記

 人間の正常な肺は、溶けないほこりや溶けにくいほこり(粉じん)を息と共に、あるいはタンとして体外に排出する機能を持っています。しかし、限界を超える粉じんを吸うと肺の中に溜まるようになり、じわじわと肺が繊維化し、機能を失います。初期には自覚症状はなく、進行してから、せきやタンが出て息切れや呼吸困難に進みます。変化した肺は元に戻らず、症状が現われた時には手遅れで、死に至る不治の病と言われています。綿ぼこりや線香の原料等によっても発症しますが、炭鉱で坑夫が炭じんを吸って罹患するじん肺が有名です。全国各地の炭鉱などで、労災職業病としてのじん肺が問題となり、多数の訴訟が提起されました。
 憲法第27条2項は、勤労条件は法律で定めると規定しています。この勤労条件は、第25条の「健康で文化的な生活を営む権利」の保障を受けて、労働者が人間らしく健康に働けるものでなくてはなりません。そのため、じん肺に関しては、労働基準法、労働安全衛生法、鉱山保安法に加えて、「(じん肺の」適正な予防及び健康管理その他必要な措置を講ずることにより、労働者の健康の保持その他福祉の増進に寄与することを目的とする」じん肺法が制定されています(1960年)。

 長崎県では、1950年代から2001年にかけて旧池島炭鉱(長崎市)で働き、じん肺になった元従業員と遺族合計77人が、02年3月に、「じん肺になったのは、会社側がじん肺防止策や健康管理義務を怠ったため」として、炭鉱を経営していた松島炭鉱と親会社の三井松島産業に、1人当たり3300万円の損害賠償を求めて提訴しました。この訴訟では主に、(1)会社側がじん肺を防止する安全配慮義務に違反したか、(2)親会社も責任を負うか、(3)会社側に責任があったとしても、それは時効で消滅したかが問題になりました。

 長崎地方裁判所は、05年12月13日、会社側がじん肺予防対策等を怠り、労働者がじん肺に罹患し又は悪化させることがないよう安全を配慮する義務に違反したと認定しました。そして、親会社の責任についても、「松島炭鉱の設立経緯に照らせば、三井松島産業は少なくとも池島炭鉱の運営に関し、松島炭鉱と同様に従業員の安全に配慮すべき立場にあった」と肯定しました。
  最大の争点になったのは、損害賠償請求権が10年の時効で消滅したかです。民法は、長期間権利を行使しないと、証拠が不明確になることや、継続した事実関係を尊重し法律関係を安定させるため、権利は消滅することを原則としています。しかし、最近は、権利があることを知って行使することは現実にはなかなか困難なことや、発生した損害の重大性などを考慮して、その例外を認める事例も多くなりました。本件も、「時効の援用は著しく正義に反し権利の乱用で許されない」として時効消滅の主張を退けて原告らの請求を認めました。人間の尊厳という正義を重視した判決だと評価されました。
 この判決に対して会社側は控訴しましたが、翌06年3月、地裁判決に沿う形で、一人当たり数百万円から約 2,500 万円の解決金を支払う旨の和解が成立しました。

 なお、他の炭坑のじん肺訴訟では、国の国家賠償責任も認められるに至っています(04年4月27日・筑豊じん肺訴訟最高裁判決。また、トンネルのじん肺訴訟も全国で多数提訴されましたが、07年の東京高裁の和解で、国の責任を含めて全面的に解決する道筋が示されました。
 
 じん肺訴訟では、判決や和解を待たずに亡くなった方々が大勢います。死の病といわれるじん肺の予防に限らず、健康で働く労働環境の整備が、今強く望まれています。