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大分(2)

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大分県屋外広告物条例違反被告事件
Y.M.記

 1949年に制定された屋外広告物法という法律があります。この法律は、「良好な景観を形成し、若しくは風致を維持し、又は公衆に対する危害を防止する」(1994年に改正された現行1条)ことを目的として、特定の場所への屋外広告物の掲出を罰則をもって禁じています。これに基づいて、全国の各地方自治体では、同様の目的をもった屋外広告物条例が制定されています。
 ところで、屋外広告物法は、これまでに数次の改正がなされていますが、1973年の改正では、「国民の政治活動の自由その他国民の基本的人権を不当に侵害しないように留意しなければならない」という規定が盛り込まれました(現行29条)。つまり、同法、そしてこれに基づき各自治体が定める屋外広告物条例には、表現の自由に抵触しかねない契機がそもそも含まれているわけです。この点が、立看板に対する規制の合憲性という形で争われたのが、大分県屋外広告物条例違反被告事件です。

 この事件で被告となったYは、大分市内の商店街の歩道上にあった街路樹2本の各支柱に、日本共産党の演説会開催を告知宣伝する内容の立看板2枚を針金で括りつけていました。ところが、その途中でパトロール中の警察官に発見され、警告・制止されます。しかし、Yは、これに従わずに作業をやり終えたのでした。そこで、警察官はYを大分県屋外広告物条例違反で現行犯逮捕し、その後Yは起訴されることになったのです。

 1983年6月21日、第1審大分簡裁は、Yに対して罰金1万円、執行猶予1年の有罪判決を言い渡しました。そして、1984年7月17日、第2審福岡高裁も、Yの控訴を棄却します。そこで、Yは最高裁に上告するのです。
 Yによれば、本条例違反の構成要件該当性の判断に際しては、街路樹の支柱に設置した立看板の規制によってもたらされる美観風致の保護と、この規制によって侵害される政治活動の自由を具体的に比較考量した上で、人権を制約するための必要最小限度の原則からの検討がなされなければならないはずである。しかし、この観点からすれば、本条例によってYの行為を処罰することは、憲法21条1項が保障する表現の自由に反する。上告にあたり、以上のようにYは主張したのでした。

 1987年3月3日、最高裁は、Yの上告を棄却する判決を言い渡しました。最高裁によれば、「国民の文化的生活の向上を目途とする憲法の下においては」、同条例が目的としている「都市の美観風致を維持することは、公共の福祉を保持する所以であり、右の程度の規制は、公共の福祉のため、表現の自由に対し許された必要かつ合理的な制限と解することができる」。従って、Yの行為を同条例によって処罰することは、憲法21条1項に反しない。以上のように、最高裁は、「公共の福祉」の中に「都市の美観風致[の]維持」を読み込んで、「公共の福祉」のみを論拠として、表現の自由にかかわるYの訴えを退けたのでした。

 けれども、これに対しては、「美観風致の維持」という規制目的は「公共の福祉」にかなうとしても、その手段については別途検討されなければならないとする伊藤正臣裁判官の補足意見があります。つまり、立看板が掲示された場所、周囲の環境、その数量や形状、掲示方法などを具体的な事情に照らして総合的に検討した上で、その表現がもつ利益と「美観風致の維持」という利益を比較考量して最終的にどちらが優先するかを決しなければならない、と伊藤裁判官は述べたのです。
 伊藤裁判官が、「抽象的に考える限り」とはしつつも、主観的な要素の大きい「美観風致の維持」を「公共の福祉に適合する」表現の自由への規制目的として肯定したことには疑問も残りますが、正当化されうる規制手段を厳格に論証しようとした点は評価できます。加えて、立て看板という誰もが利用できる簡便な表現手段の重要性や、また規制手段としては立看板がもつ撤去や移動などの利便性もここで検討されるべきであったでしょう。
 むしろ、立川反戦ビラ事件などにみられるように、表現内容を狙い撃ちにしたとしか思えないような規制が横行している現在、誰もが利用できる簡便な表現手段に対する規制の違憲性について、私たちはもっとつきつめて考えていく必要があるように思います。