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宮崎(2)

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人事院規則委任事件
Y.M.記

 日本国憲法41条は、「国会は、国権の最高機関であって、国の唯一の立法機関である」として、国家機関の内でも国会が、法律を制定・改廃する権限(立法権)を託された機関であるということを明らかにしています。
 けれども、現代社会のように日常生活が高度に複雑化してくると、その隅々にわたるまであらかじめ一般的な法律でもって網羅的に決まり事を定めておくことは、難しくなってきます。このため、憲法は、一定の場合において、行政機関が法律の委任を受けて、命令と呼ばれる法規範によって法律の内容を具体的に定めて執行することを予定していると解されています(内閣が「この憲法及び法律の規定を実施するために、政令を制定すること」を定めた憲法73条6号が、その根拠として挙げられます)。
 問題は、こうした法律による委任の範囲がどこまで認められるのか、ということです。この点が問題となったのが、国家公務員法による政治的行為の制限を人事院規則に委任していることが争われた、国家公務員法違反にまつわる事件でした。

 そもそもこの事件の発端は、全逓信従業員組合に所属する郵政事務官であったYらが、1953年4月24日に実施された参議院選挙に際して、同組合が推薦した候補者を支持する選挙運動を行ったことにありました。
 後にYらは起訴。1956年12月26日、第1審都城簡裁は、こうした行為が政治的行為の制限を定めた国家公務員法102条1項、さらには同条項の委任に基づき定められた人事院規則14−7の5項1号(選挙における特定候補者を支持する目的)及び6項8号(選挙における投票勧誘運動)違反にあたるとして、罰金3000円・執行猶予1年の判決を下します。また、1957年8月6日、第2審福岡高裁宮崎支部も、第1審の判断を支持する判断を行いました。
 これに対し、Yらは、国家公務員の政治的行為を制限することが仮に必要であったとしても、それは法律によってなされなければならず、行政機関たる人事院の命令である人事院規則によって政治的行為を制限することは、適正な法律上の手続によらなければ一切の不利益を課されることはないことを保障した憲法31条に反して無効である、と主張して上告したのです。

 1958年5月1日、最高裁は、Yらの主張を退ける判断を下しました。最高裁は、先例に照らして国家公務員102条1項自体の合憲性を前提とした上で、「人事院規則は、右国家公務員法102条1項に基き、一般職に属する国家公務員の職責に照らして必要と認められる政治的行為の制限を規定したものであ」り、「実質的に何ら違法、違憲の点は認められない」。それどころか、人事院規則には「国家公務員法の規定によって委任された範囲を逸脱した点も何ら認められず、形式的にも違法ではないから」、Yらが主張する憲法31条違反が成立する余地はないとし、紋切り型に国家公務員法102条1項に基づく人事院規則の委任範囲は明確であると断じたのでした。

 しかしながら、こうした最高裁の判断に対しては、そもそも国家公務員法102条1項による委任は包括的過ぎて、国会に託された立法権をあたかも行政機関に譲り渡すかのような白紙委任に等しいという強い批判がなされているところです。国家公務員に対して一律に政治的行為の自由を奪っている国家公務員法の規定の合憲性に対する疑念はもとより、個人の精神的自由への制約がこうしたルーズな方法で行われるということ、すなわち、「立法の委任・・・の無制約な利用は立憲主義と法治主義の崩壊を導く危険性を孕んでいる」(勝山教子「立法の委任(2)−人事院規則への委任」高橋和之・長谷部恭男・石川健治編『別冊ジュリスト 憲法判例百選U〔第5版〕』(有斐閣、2007年)、479頁)ことを、絶えず念頭におく必要があるといえるでしょう。