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1964年

 
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「世界は一つ」東京オリンピック開催
H.T.記

 1964年10月10日から24日まで、東京を中心として開かれた第18回オリンピック競技大会、いわゆる東京オリンピックは、アジアで最初のオリンピック開催となりました。近代オリンピックは、1896年のアテネ大会を第1回とし、日本は1912年から参加しました。1936年には、1940年に東京で開催することが決まりましたが、日本は翌1937年に日中戦争を勃発させ戦争の遂行を優先、38年にオリンピックの開催を返上しました。そして40年に予定していた開催から24年後、ついに念願が実現しました。今また、東京は2016年のオリンピックの開催都市に名乗りを上げています。

 近代オリンピックは、後に「近代オリンピックの父」と呼ばれる、フランスのピエール・ド・クーベルタン男爵の提唱によって始まりました。列強が覇権を争う帝国主義の時代に青年期を過ごした彼は、国家の枠組みを越えたスポーツによる人間個人の教育と国際平和に強い関心を持ちました。彼は、「人生にとって大切なことは成功することではなく努力することであり、オリンピックの理想はスポーツを通して心身を向上させ人間を作ることだ。オリンピックには参加するまでの過程が大事であり、そして参加することは人と付き合うことであって、文化・国籍など様々な差異を超え、友情、連帯感、フェアプレーの精神をもって理解し合うことで、平和でよりよい世界の実現に貢献する」ことをオリンピックのあるべき姿(オリンピズム)として提唱しました。「オリンピックで重要なことは、勝つことではなく参加することである」は、実は彼の創作ではありませんが、彼はこの言葉に強く共鳴し、しばしば引用していました。

 さて、64年の東京オリンピックは、高度経済成長の中で、日本が先進国に肩を並べるまでに発展してきたことを象徴するできごとでした。同時に新幹線も開業し、モノレールも開通。首都圏は建設ラッシュにわき、幹線道路が通りその上を首都高が走るという都市改造にオリンピックは絶大な力を発揮しました。テレビ中継を視た人は97%に達し、優勝した「東洋の魔女」日本の女子バレーの視聴率は、NHKだけで空前の85%を記録。日本は予想の2倍を超える29個のメダルを獲得し、16個の金メダル数は米ソに次いで世界で3位となりました。

 憲法13条は、個人の尊重を受けて、幸福追求権を保障しています。スポーツを楽しみ、心身を鍛える権利、スポーツをする権利は広い意味での人権として「幸福追求権」に含まれています。前文は諸国民の平和的生存権を規定しています。オリンピズムは、まさに日本国憲法の理念を体現していると言えるでしょう。
 この観点から、東京オリンピックあるいはオリンピック全体についていろいろな議論があります。
 開会式の当日の毎日新聞は「オリンピック精神に帰れ」と6段抜きの社説を掲げ、「近年は‥‥オリンピックは国の威信のまたとない宣揚の場」となり、「ナショナリズムがスポーツを引きずり回す傾向」にあることに警鐘を鳴らしています。ナショナリズムには功罪があります。しかし、オリンピックが国内の少数者の声を抑圧したり、対外的な覇権を強めるために利用されることは常に戒められなければなりません。
 この社説ではナショナリズムと関連して、政治の要素の混入の排除も主張しています。東京オリンピックの標語には、全国から集まった36万通の中から「世界は一つ」が選ばれました。しかし、新興国競技大会に参加した朝鮮人民民主主義共和国とインドネシアの選手団に課された出場停止処分は解除されず、両国選手団は選手村に入れないまま帰国しました。不参加の中国は、大会期間中初の核実験を行いました。「世界が一つになって平和を目指す」ためには、普段からの外交や政治が憲法の平和と国際人権の理念に則って積極的に行われていることが極めて重要であることを示しています。

 社説はさらに、「総じてプロ化の傾向にある」として、アマチュアリズムの重要性を訴えています。「参加すること」よりも「勝つこと」を優先し、おカネのない人は参加するための標準記録に達することができなかったり、メダルを取れず肩身の狭い思いをするとすれば、オリンピズムに反します。近年深刻化している薬品を使用した肉体改造も重大です。プロ化は、選手が広告塔となったりする商業主義化とも密接です。商業主義と言えば、長野オリンピックでは特定の企業グループのスポーツ産業開発との癒着が問題になりました。これは、「人間」よりも「経済」の方が大事であるという主客転倒した昨今の風潮に関係する根深い問題です。また、100年前には想像できなかった、環境破壊も見逃せません。

 最後に、オリンピックに限りませんが、スポーツの競技会は、私たちがスポーツをする権利を行使する延長線上に設計されるべきものです。スポーツができる自然や施設、そして時間の確保・拡充と結びつけて考えることが、オリンピックの精神にも適っている一番重要な課題でしょう。

さて、2016年の東京オリンピックはいかに?