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1972年

 
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日中共同声明・国交正常化
H.T.記

 戦後の東アジアの歴史は、日米中ソ相互のパワーポリテックスが色濃く支配してきました。1971年7月に発表されたアメリカのニクソン大統領の訪中宣言で米中の関係改善の動きが突然表面化しました(ニクソンショック)。翌年2月のニクソンの北京訪問でアメリカは中華人民共和国を中国の唯一の合法政府として認めました。対米従属一辺倒で中国を敵視していた日本はあわてました。

 アメリカの狙いは、中ソ間に楔を打ち込み進行していた離間をさらに促進すること、中国のベトナム支援を止めさせることなどにありました。一方、中国側は、台湾は中国の一部であると認めさせること、アジア地域で日本が軍事的・経済的に強くなり過ぎないように日本を牽制すること、さらには、中ソ対立がありました。中ソ間では政治路線の違いと領土論争をめぐって緊張が高まっていました。69年、中ソ国境のウスリー川中州にあるダマンスキー島(中国名珍宝島)で大規模な軍事衝突が発生。衝突と前後してクレムリンの指導部内では「中国が核大国になる前に、核兵器で北京などの主要都市を攻撃する」という軍事路線が台頭しました。ブレジネフ書記長は、ホットラインでニクソンに核攻撃した場合の承認を求めました。しかし、中国が倒され世界が二極化されるとソ連の強化につながることなどを懸念したアメリカは中国をつぶすのは下策と見なしました。この経緯は、大統領補佐官ハルドマンの回想録に表れています。そのため、ソ連は対中核攻撃を断念しますが、中国側の危機感は残り、病気で余命が少ないことを悟った周恩来首相はアメリカと手を結ぶことでソ連の脅威を防ぐ道を選びます(加々美光行・愛知大学教授「日中国交正常化」 葛燉j日刊「この国のゆくえ」所収)。

 しかし、米中間はあくまで関係改善に留まり、国家関係の樹立には至りませんでした。そこで米中関係を後戻りできなくするためにも、中国は対日関係の正常化を望んでいました。一方、日本側も民間は貿易など経済交流を促進することを利益としていましたが、政治の対米従属がそれを阻止していました。そのため、米中接近は政治の障害を除去しました。

 72年7月、自民党の総裁戦に勝利した田中角栄首相は、早速、同年9月29日、中国を訪問して中国の周恩来首相との間で、「日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明」に調印。これにより両国の外交関係が樹立しました。問題点は主に4つありました。@日本側は、1952年の「日本国と中華民国との間の平和条約」(通称日華平和条約)の締結によって日中間の戦争は終了したとの立場をとっていましたが、中国側は続いていると主張していました。この点については、条約第1項で、「不正常な状態は、この共同声明で終了する」と宣言されました。A中国の合法政府がいずれであるかについては、日本は、中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府であることを承認する、 台湾は中華人民共和国の領土の不可分の一部である旨を認めました。

 難関はBとCでした。B日本が戦争で中国側に与えた莫大な損害については、中国政府は、日本国に対する戦争賠償の請求を放棄することを宣言することで決着がつきました。条約締結を急いだ中国側の大幅な譲歩であり、その後、中国の戦争被害者から日本政府や加害企業に対して損害賠償の請求が続くこととなりました。
Cさらに、日中戦争に対する日本側の姿勢が重大な問題になりました。田中首相は、訪中当日の歓迎夕食会で「多大のご迷惑をかけました」と述べたことで済ませる方針でした。これは中国側の怒りを買い、共同宣言では「過去において日本国が戦争を通して中国国民に重大な損害を与えたことについての責任を痛感し、深く反省する」と表明することになりました。日本側は「申し訳なかった」と謝罪を名言することは拒みました。この点はBとともに問題を先送りし、しこりを残しました。

 BとCが課題を21世紀の現在に至るまで残したのは両国に原因があると思われます。中国側は従来、国民の世論を背景に、歴史認識で日本と妥協する意図はなく、損害賠償請求権も留保すると言明していました。しかし、上記のパワーポリティックスが共同声明を可能にしました。請求権放棄には、「両国人民の友好のため」という論理が用いられました。
一方、日本側では戦争責任を直視して真摯に謝罪する方向で国交の正常化運動を担ってきた人たちが取り残される形で正常化が図られました。すなわち、一つは折からの中国の文化大革命に従順な勢力、もう一つは日中貿易に伴う利権を目当てとする勢力が田中政権を後押した経緯があります。

 政治を担い、歴史を作る主役は主権者である両国民です。国民同士の理解を深めるために、率直で多様なコミュニケーションの促進と議論の進展が不可欠です。