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1976年

 
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ロッキード事件と金権政治
H.T.記

 先日、朝日新聞が「昭和といえば思い浮かぶ人物」というアンケートをとりました(09年3月30日付け朝刊)。昭和天皇を除けば、田中角栄が他の人物を大きく引き離しています(田中494票、2位美空ひばり143票、3位吉田茂129票、ちなみに6位長嶋茂雄31票)。同紙の解説によれば、「地方出身で高等教育を受けずに首相に。日本列島改造論を唱え、ロッキード事件で逮捕。清濁含め、昭和の右肩上がりのイメージにぴたりと重なる」。

田中は、高等教育を受けずに首相になったことから「今太閤」と呼ばれました。政権発足時には「角栄ブーム」が起こり、内閣支持率は62%と、それまでの歴代最高を記録しました。田中は、「コンピュータ付きブルドーザー」と呼ばれ、緻密な知識に裏打ちされた行動力で、巧みに官僚を操縦しました。政策の中心は「日本列島改造論」でした。それは、列島全体を新幹線、高速道路、空港等で結び、地方の僻地に巨大工業基地を建設し、開発指向で中央と地方の格差是正を目指す新全総(69年策定)の延長線上にあり、福祉国家型の利益配分政治でした(吉見俊哉「ポスト戦後社会」)。

田中の「今太閤」の源泉は、利権に関わる仕事を時には大臣の頭越しに直接官僚に指示することや集金力などの「金の権力」にありました。田中政権の時代には、中央省庁の官僚たちは、地方の政策への影響力をかつてないほど強めて行きました。金権度の頂点は74年7月の参院選でした。このとき、自民党は経団連から空前の260億円を集めました。田中は他にも銀行から100億円借りました。しかし、巨額の資金投入にもかかわらず、自民党は選挙に敗北。保革伯仲となった参院選に対して「空前の金権選挙」との批判が起こります(古賀純一郎「政治献金」等)。同年11月号の「文藝春秋」に掲載された立花隆による「田中角栄研究―その金脈と人脈」等で大きな打撃を被りました。結局、金権腐敗体質を批判されて、同年11月末に首相の辞任を表明しました。

しかし、辞職後も党内では絶大な支配力を維持していましたが、76年2月、アメリカの上院外交委員会多国籍企業小委員会の公聴会でロッキード社が民間航空機売り込みのために、日本やドイツの多数の政府高官に多額の賄賂を贈っていた事実が公表されました。同社の賄賂のルートは3つありましたが、その一つが、全日空に民間航空機トライスターを採用させるため、丸紅商事を通じて田中に5億円献金したことです。7月には外為法違反の容疑で田中が逮捕されるなど、18人の政治家、財界人、「政商」と呼ばれた児玉誉士夫ら黒幕が逮捕、20人が起訴されました。田中の起訴罪名は受託収賄も加わりました。日本の首相が関係した疑獄事件としては芦田均が逮捕された昭和電工事件がありましたが、このときはうやむやに処理されました。しかし、今回は国民の重大な関心の下、1983年10月、東京地裁で懲役4年、追徴金5億円の有罪判決が下りました。

 この事件では、「構造汚職」という用語が、評論家の室伏哲郎氏によって生み出され、広がりました。それは「汚職・疑獄的状況が存在するにもかかわらず、それが刑法上の汚職事件としては立件されないという、権力構造の聖域化、政治資金の流れの体系・合法化」を指します(「朝日ジャーナル」83年10月14日号)。自民党政権にとって最大の資金源の一つであった戦後の航空(機)利権は児玉誉士夫と岸信介の二人の暗闘で彩られていました。総理経験者で2度も国会の証人喚問席に座った中曽根康弘元首相は児玉の流れに属していました。「ロッキード事件」は、50年代末の岸首相時代に開始され、今日まで途切れることなく連続している巨大な航空機利権構造の一コマに過ぎません。そしてロッキード事件当時でも、ボーイング社、マグダネル・ダグラス社(現ボーイング社)など米航空機メーカーすべてが不正資金工作に加わっており、工作が糾明され裁判にかけられたのはごく一部に過ぎません。「ロッキード事件」という呼び名自体、問題の本質を見失わせる危険性があります。一機77億円で防衛庁に45機納入された対潜哨戒機P3Cを巡る動きは闇の中に葬られました(成澤宗男「血税にたかった巨悪たちの犯罪」金曜日06年12月刊「この国のゆくえ」所収)。軍事秘密という「聖域」に捜査は踏み込みませんでした。

そのうえ、航空機利権政治は、金権政治の一局面に過ぎません。おカネのある企業・団体が、合法的な政治献金をすることによって、有利な法律を制定させたり予算を付けさせたりなどして政治を買収しているのではないか、大きな問題になっています。政治家の側は、おカネを手段として自己の地位を高めて行きます。憲法は、1人ひとりの個人の尊重をこそ目的としています(13条)。「団体・法人の活動にも憲法的保障は及ぶが、それは、‥‥団体構成員たる自然人の人権のいわば反映としてである。個人との関係では、団体は憲法上の権利主体とはなりえないとすべきである。‥‥会社の政治献金の自由をあっさり認めてしまった八幡製鉄政治献金事件の最高裁判決(最大1970.6.24)は、やはり、大いに問題である」(浦部法穂「憲法学教室全訂第2版」)。憲法のタテマエは、「主権者である国民」(前文、1条)のための「全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」政治家(15条2項)が、一部でなく国民全体の福利のために民意を反映するという意味をも含む「全国民を代表して」政治をすることです(43条1項)。これが政治のホンネになっていたら、日本のカタチはどう変わっていたでしょうか?