法学館憲法研究所は、憲法を系統的に研究し、個人の尊厳の実現をめざす非政府組織としての自由な研究機関です

法学館憲法研究所

Mail info@jicl.jp


 

1980年

 
一覧表へ>>
消費者の権利を求めて ― 灯油訴訟
H.T.記

 人間の生活の内容や水準を決めるうえで、消費者としての属性は基本的なものです。この点、市場経済の原則によれば、消費者と生産者の間は自由で対等な取引関係にあります。しかし、消費者は商品の性能、欠陥、価格などの情報について知識が乏しく、生産者、特に大企業から見ると、利潤を生み出すための単なる消費客体として扱われてきました。従って、両者の交渉力には歴然たる差があり、消費者は不利な立場にありました。人間の属性の基本的な要素である労働者としての地位が、近代の初期からの長い間の闘争の歴史によって、今日では憲法上の権利にまで高められていることと対照的です。

 権利の獲得は人間の努力の成果であること(憲法97条)は、消費者の権利についても当てはまります。国民生活のなかで消費者問題が深刻になり消費者運動が活発になったのは、日本では70年代頃からです。消費者運動の担い手は、女性団体と生活協同組合でした。80年には、公共料金の引き上げなどで消費者物価の上昇率は7.8%と高率を示したことを背景に、消費者運動が盛り上がり、6月には新聞代、郵便料金、電力料金、灯油など個別課題への取り組みとともに、悪性インフレと一般消費税導入反対などを求めて、全国消費者団体連合会は大規模な決起集会を開きました。

 なお、消費者問題の前史として重要なのは、独占禁止法の「改正」反対運動です。1945年の経済民主化(財閥解体、私的独占の禁止)は、GHQによる改革の主要な柱の一つでした。しかし、53年の独占禁止法の「改正」を皮切りに、50年代末までには全産業分野でカルテルは大幅に開花し、寡占体制の時代になりました。「国益」とは国際競争力の強化とほとんど同義であり、経済的民主主義は極端に後退しました。このような中で、60年代後半から、ヤミ再販(安売り禁止の再販売価格維持契約)や家電6社が国内のカラーテレビ価格を輸出価格の3倍にするというヤミカルテルなどが問題になり、公正取引委員会に摘発されました。68年には消費者保護基本法が制定されました。もっとも、消費者を保護の対象とするわくを超えるものではありませんでした。他方、革新自治体運動と結びついた自治体条例は、消費者を権利主体としてとらえ、「消費者権」という新しい人権概念を作り出しました(渡辺洋三「社会と法の戦後史」)。

 70年代から80年代にかけての消費者の「権利のための闘争」として象徴的な裁判が灯油訴訟です。73年の第4次中東戦争の勃発は、日本にも深刻な石油危機や狂乱物価を招きました。背景には大手商社などの買い占めもありました。74年には、石油連盟が生産調整を行い、元売り各社は価格協定を結び、石油製品の一斉値上げを実施しました。これに対して川崎生協と主婦連の98人が、東京高裁に対して公正取引委員会が認めたヤミカルテルだとして、石油会社を相手に、独禁法に基づく無過失損害賠償を請求しました。また、同じく東京高裁に、「奪られたものを取り返す消費者の会」を母体とする方々も提訴しました。同じ年に、山形県鶴岡生協の組合員1645人が、山形地裁鶴岡支部に対し、民法709条にもとづく損害賠償を請求しました。川崎生協と主婦連の訴訟は、高裁、最高裁とも敗訴しました。「奪られたものを取り返す消費者の会」を母体とする裁判は、和解になりました。
 鶴岡支部の訴訟は、原告が1600人を超え、日本初の本格的な多数者被害・少額被害訴訟として注目されました。原告らは、第1審では敗訴しましたが、2審の仙台高裁では85年に勝訴し、大きな反響を呼びました。しかし、89年、最高裁で再び敗訴しました。この判決は、価格協定による価格と現実の購入価格による損害との間の因果関係の立証責任を原告に負わせるものであり、裁判所はこの裁判の過程で作られた民事訴訟法第248条を適用して積極的に損害額を認定することはできたのではないか、との強い批判があります。

 鶴岡訴訟は、東北の主婦たち1600余人が、僅かな金額を求めるというよりも、権利や社会正義のために、最後まで脱落しないで闘った訴訟として歴史を残しました。
 弁護団の1人である宮本康昭弁護士(元裁判官)は、この裁判を契機に上記の民事訴訟法248条が作られ消費者運動に有力な武器を提供したこと、独禁法が強化されたこと、公正取引委員会の姿勢に一定の変化を及ぼすきっかけとなったことなども成果として挙げています。

 なお、今年の5月末に、消費者行政を一元的に所管するため、内閣府の外局として消費者庁を設置する関連三法が成立し、この10月に発足が予定されています。内閣から独立した第三者機関「消費者権利院」を創設する旨の民主党案は通りませんでした。

<事務局より>
法学館憲法研究所は、元裁判官の連続講演会を開催中です。上記宮本康昭氏と鈴木經夫氏のの講演会は、7月16日、東京会場で実施されます。詳しくはこちら