法学館憲法研究所は、憲法を系統的に研究し、個人の尊厳の実現をめざす非政府組織としての自由な研究機関です

法学館憲法研究所

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1981年

 
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第二次臨時行政調査会の設置
H.T.記

 第二次大戦後拡大・浸透した「アメリカの世紀」=ブレトン・ウッズ体制は、70年代に入るとベトナム戦争の泥沼化、金・ドルの兌換停止(ニクソン・ショック)等に伴い動揺しました。大量生産・大量消費のシステムに依存したフォーディズム・ケインズ主義は危機に直面しました。さらに、73年のオイルショックや第三世界諸国の叛乱、労働運動など社会運動の高揚は、アメリカのみならず先進資本主義諸国に、「統治能力の危機」ないし「ヘゲモニーの危機」という情況をもたらしました。そのため、米英を軸にして、新自由主義の流れが台頭するとともに、デイビッド・ロックフェラーらの働きにより、米欧日の私的組織による「三極委員会」が結成され、先進国の政府及び民間の指導者に政策提言を始めます。これに対応して、75年には米欧日の財務を預かる政府高官が集まり、経済的課題を討議する会議であるサミットが始まります(この時のサミットの参加国は6か国でしたが、現在は8か国になりました)(土佐弘之「ネオリベラルな受動的革命の始動」−「戦後日本スタディーズB」所収)。サミットは、「先進民主主義大国」が、新しい時代に対応したヘゲモニーの構築を目指していると言えるでしょう。
 
 石油危機後の不況克服のため、日本も景気対策で大規模な財政出動に踏み切ります。不況による税収不足のため、75年からは赤字国債の発行を認める1年限りの公債特例法が制定され続け、財政に占める国債依存度が急激にアップしました。国債発行を政府に迫ったのは土光敏夫氏を会長とする経団連でした。しかし、過度の国債依存のため、経団連は、80年からは国債発行の抑制=財政再建策に転換します。

 このような経緯のもとに、81年3月、鈴木善幸内閣は、経団連の名誉会長となっていた土光氏を会長にして、第二次臨時行政調査会を設置しました。その旗印は「増税なき財政再建」でした。ここに至る前に、大平内閣は税収不足を補うため、一般消費税の導入を追求しましたが選挙で敗北し、この方針は撤回していました。また、企業課税の強化の動きが出ていました。そのため、経済界の意向を反映してこの旗印が掲げられました。

 この第二臨調の答申のもと、国債依存度はしばらくの間は低下しました。しかし、発行残高は一貫して増え続け、90年度には第二臨調発足時の約2倍の164兆円に膨れました。このスパンで見ると、「財政再建」は失敗したと言えます。増税の方は、一時は避けられましたが、88年には消費税が導入され、結局は庶民増税策が採られました。他方、法人税は42%から30%に引き下げられました。

 第二臨調は、別名「土光臨調」と呼ばれ、国民の間に相当浸透しました。「メザシをおかずに朝食する土光さん」の「つつましい個人生活」は「行革フィーバー」と形容される状況を生み出しました。実は、「増税なき財政再建」を支えたのは、米欧にも連なる新自由主義のはしりの論理による構造改革でした。「土光臨調」は、マスコミを味方にして、この経済第一主義の思想を国民生活の中に内面化することに成功したと言えます。臨調の答申事項の多くが大きな抵抗もなく実行されて行きました。まず、@政府規制の緩和です。土地利用・都市開発規制の緩和や、検査・検定の緩和と外注化などです。前者はその後バブル経済を招き、後者は欠陥商品を生みました。次に、A政府公社の民営化です。国鉄、電電、専売の3公社が民営化されました。また、B70年代前半の社会保障の高度化の流れに対して、医療と福祉の領域でブレーキをかけました。Cさらに、地方への移転支出を削減し、生活保護費負担金などが削減されました。

 第二臨調の構想は、小泉内閣の本格的な新自由主義による構造改革とは同列には論じられませんが、それに連なり、準備した性格を持っています。

 最後に、第二臨調が持つ政治的な意味は極めて大きいものがあります。憲法は、国民主権の原理のもと、国会中心政治を予定しています(41条)。国会は少数派の意思をも反映しつつ民意を統合して法律を制定し(43条1項=代表民主制)、多数派は内閣を組織して民意を反映した政治を行うのがタテマエです。しかし、第二臨調は、財界5団体の責任者が「行革推進5人委員会」を結成し、議論をリードしました。全体の人事構成も、財界の意向を反映するものでした。内閣は、この答申を忠実に実行しました。さらには、公式の臨調とは別に、財界と政府の中核となる人たちが「裏臨調」を作り、定期的に会合して表臨調の方針を決定しました。伊藤忠商事相談役の瀬島龍三氏を参謀役とする「裏」の動きは、当時の新聞で確認できます。表と裏の関係は、国際政治における三極委員会とサミットの関係を想起させます(さらにはサミットと国連の関係も)。小泉内閣のもとでの「経済財政諮問会議」は、第二臨調よりも法的権限を強化しました。