法学館憲法研究所は、憲法を系統的に研究し、個人の尊厳の実現をめざす非政府組織としての自由な研究機関です

法学館憲法研究所

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1995年

 
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阪神・淡路大震災/地下鉄サリン事件/日経連「新時代の『日本的経営』」/村山談話
H.T.記

T 阪神・淡路大震災

 95年1月17日早朝、兵庫県南部を震度7の地震が襲いました。死者・行方不明者6,437人、負傷者4万人以上、被災人数30万人以上、全半壊住宅約25万戸、被害総額10兆円以上。1923年の関東大震災以来最大の地震被害となりました。

 被害を大きくした原因は、「山、海へ行く」と称されたように、六甲山麓の土を削り取って埋め立てた湾岸の人工島に巨大な港湾施設と市街地を造成したことにあります。人工島の地盤沈下などから、「自然のしっぺ返し」は早くから指摘されていました。実際、70年以降に建設された高速道路や人工島など、最新技術を駆使したはずの都市インフラが、それ以前からの名神高速道路や在来線以上に壊滅的な被害を受けました。高度成長期以来の市民生活の安全を軽視し収益性を重視した都市開発政策の帰結でした。

 被災者に対する「公的支援」の要求は、「個人補償はできない」という政府・自治体の論理ではねつけられました。倒壊した建物の解体撤去などが「今回に限っての特例」としてなされましたが、多くの被災者は遠く離れた地での長期の「仮住まい」生活を余儀なくされ、孤独死も続出しました。しかし、災害救助法によればより充実した支援は可能だったのに、行政運用で実行しないだけでした(浦部法穂「被災者に対する『公的支援』と憲法」 「自由と正義」97年8月号所収)。
 上記論文は、財産的損失に対する「補償」の問題(憲法29条3項)としてではなく、被災者の生活基盤の回復の問題として理解すべきだと指摘しています。そして、自立の基盤を失った人への公的支援は、「個人の尊重」原理(憲法13条)から当然要請されるとしています。自己決定・自己責任は、自立の基盤があってはじめて可能となるからです。すべての人が人間らしく生活できるようにすることこそ「公共性」(同条の「公共の福祉」)の内容であり、自立できる生活基盤の回復に「公」の資金を使用するのは、まさに憲法が要求していることになります。

 この震災には、全国各地から延べ170万人のボランティアが駆けつけました(97年8月末現在)。若者も多く、「最近の若者はなかなかやるじゃないか」と、見直されました(「『毎日』の3世紀」下巻)。

U 地下鉄サリン事件

 この年3月、通勤客など12人が死亡し重軽傷者5,500人を出す未曾有の無差別テロ事件・地下鉄サリン事件が発生し、日本中を震撼させました。犯行は、麻原彰晃(本名・松本智津夫)を代表とする宗教法人・オウム真理教団によるものと判明しました。逮捕者の証言により、89年の坂本堤弁護士一家殺害事件、94年の松本サリン事件等も同教団によるものであることが明らかになりました。

 麻原は小さなヨガ道場を開いていましたが、座禅を組んだまま膝を使って空中浮揚することができる超能力者として売り込みました。その後チベット密教などあらゆる宗教を思想的源流とすると自称し、地下鉄サリン事件当時には公称15,000人を超える信者がいました。

 当時、テレビや映画、雑誌で「霊魂」や「超能力」を扱うものが増えていました。70年代後半から80年代にかけて青年たちの間で呪縛性と神秘性が強いオカルト文化が流行し、「ノストラダムスの大予言」など終末論がブームになっていました。オウム真理教は、罪悪にまみれている現世を拒否し「千年王国」を築くと主張しました。新約聖書に出てくる世界の終末戦争を意味する「ハルマゲドン」を自作自演したともされています。ハルマゲドン後の世界を受け継ぐのはオウム中心の人々で、他の不要な人間は殺す(「ポアする」)ことも認められました。

 高学歴層を含めて多くの生真面目な青年たちが取り込まれた原因として、出口の見えない強い不安の意識があります。70年代から、近代知が生んだ理性や合理性を疑うポスト・モダン思想が勃興しましたが、その流れの中にオウム真理教も位置付けられることが多いようです。しかし、ポスト・モダン思想の多くは新しい構想や希望を誕生させるものではありませんでした。虚構の世界に埋没した典型がオウム真理教でしょう。その背景には、物質中心の消費社会、人間をも商品化された競争社会の中で生まれ育った青年たちの実在感の喪失があります。「自分に自信が持てないから絶対的な他者である尊師・麻原が必要だった」と多くの信徒が述懐しています。

 憲法は、自立した強い市民の存在と育成を前提としています(13条)。しかし、「オウム真理教の事件が風化した2000年に入って、スピリチュアルという形で非合理的なものへの関心が高まった」(弓山達也「中央公論」06年12月号)。「現代の『スピリチュアル』は、…人びとを思考停止に陥らせ、すべてを人智が及ばない超越次元で決定してしまうことに伴う悪影響が少なからずあると思う」(香山リカ「論点―88」)。

V 日経連「新時代の『日本的経営』」

 今大きな問題になっている非正規労働の顕著な増大の起源となったのが、この年に日経連が発表した「新時代の『日本的経営』―挑戦すべき方向とその具体策」です。日経連は、労働問題を大企業経営者の立場から議論・提言する目的で結成された組織で、02年に経団連と統合して現在の日本経団連になっています。「新時代の『日本的経営』」は、労働者を@長期蓄積能力活用型グループ、A高度専門能力活用型グループ、B雇用柔軟型グループに分類しました。@は一部の正規のエリート社員からなります。Aは契約社員などの専門職です。Bはパートタイマーや派遣労働者などです。従来正社員だったABのグループを非正規雇用に転換することを目的としていました。

 80年代は、終身雇用、年功序列賃金、比較的小さい賃金格差を特徴とする日本的経営は「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と賞賛されました。しかし、新自由主義政策を徹底しリストラを進めたアメリカ経済が優位に立ち、90年代からは日本でも新自由主義経済の下、経済の世界的大競争に勝つためということで、「高コスト体質」の是正として「総人件費の削減」が打ち出されました。その結果が労働法分野における大幅な規制緩和策としての「新時代の『日本的経営』」です。非正規労働者化が猛烈に進められ、格差社会、ワーキングプアの激増時代を迎えるに至ります。

W 村山談話

 戦後50周年のこの年8月15日、自民・社会・新党さきがけの3党連立政権の村山富市首相(社会党)は、首相として初めて「植民地支配と侵略」が「国策の誤り」で進められたと認め「反省」を表明しました。
 村山談話は、閣議決定に基づき発表した「戦後50周年の終戦記念日にあたって」と題する声明として発表されたものです。この談話では、日本が「植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与え」たことを「疑うべくもないこの歴史の事実」とし、「痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明」しています。
 この談話の趣旨を、歴代内閣は公式見解としては引き継いでいます。民主党・鳩山首相も、先日の10月9日、訪問先の韓国で「村山談話の思いを政府と国民一人ひとりが重要な考え方と理解することが大事だ」と語りました。
 一方、これに対しては今日に至るも、歴史を歪める自虐史観であるとの批判が続いています。