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1997年

 
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新ガイドライン(日米防衛協力のための指針)
H.T.記

 今、沖縄の普天間基地を県北部の名護市辺野古沿岸部に「移設」するか、民主党のマニフェストどおり「見直す」かどうかが、焦眉の政治問題になっています。普天間基地は、1996年に、5〜7年以内に全面返還することで合意しました(10月29日アップの憲法時評「普天間移設問題」をご参照ください)。返還の理由として「県民の負担軽減」が強調されました。しかし、13年経った今も難航している背景には、陳腐化した普天間基地を手放し米軍の最新鋭基地を県内に新設するという沖縄の基地機能強化策が「移設」の本当の理由だったことにあります。これは、前年95年にアメリカが打ち出した東アジアにおける軍事的プレゼンスを高める方針の具体化でした。すなわち、「東アジア・太平洋地域に対するアメリカの安全保障戦略」(EASR)です。冷戦が崩壊して世界の多くの人々は軍事的な緊張が解け、軍縮に向かうことを期待しました。しかし、唯一の大国となったアメリカは、経済大国化を軍事大国化で支える道を選びました。

 95年のEASRは、96年4月の日米安保共同宣言として集大成されました。これにより、在日米軍の行動範囲を「2国間」から広く「アジア・太平洋」のみならず「地球的規模(グローバル)」にまで広げることが明言され、「極東」という文字は消えました。この「宣言」を具体化したのが、1997年9月の「日米防衛協力のための指針」、いわゆる「新ガイドライン」です。橋本首相とクリントン大統領との間で合意されました。日米安全保障条約のための運用マニュアルで、78年の旧ガイドラインに代わる新たな指針です。英訳では「WARマニュアル」と呼ばれます。

 冷戦崩壊後の日本では、軍縮を志向する路線の他に、日米同盟を軽視して国連中心の多国間安全保障方式や日本の自立的軍事大国化を目指そうという意見もありました。日米安保共同宣言と新ガイドラインは、これを警戒したアメリカと、アメリカの軍事路線に乗ることが多国籍企業の利益を守り軍事戦略上も得策だと考え2国間軍事同盟を重視した日本の財界と政治家等の思惑が一致した結果でした。

 新ガイドラインの眼目は、日米安保共同宣言を受けて、「極東」以外の「周辺事態」にまで含めた日本の軍事的分担でした。これにより日本は軍事大国化に向けて大きな一歩を踏み出しました。

 この新ガイドラインを実行するため、99年6月、周辺事態安全確保法等3法が強行採決されました。戦後はじめての本格的な海外派兵法です。専守防衛の軍隊だった自衛隊が、自衛と関係のない「周辺事態」に「後方支援」することになりました。「周辺」とは地理的な概念ではないとされ、論理的な限定はされませんでした。武力の行使はしないと書かれましたが、武器の使用は認められました。