法学館憲法研究所は、憲法を系統的に研究し、個人の尊厳の実現をめざす非政府組織としての自由な研究機関です

法学館憲法研究所

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1998年

 
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地域の崩壊進む
H.T.記

 高度経済成長時代、農村から若年層が大量に都市に流出しました。「過密」と「過疎」を生み出し、農村人口は社会減となりました。しかし、90年代以降になると、それと質的に異なる集落そのものの崩壊が問題になってきます。かつて農村に踏みとどまっていた人たちが高齢に達し、後継者がいなく、死亡数が出生数を上回る自然減が主因となりました。大きな背景として、日本的福祉国家政策の見直しで、農山村向けの財政支出が継続的に削減されたことが挙げられます。93年にはコメ市場が部分的に自由化され、日本のコメ生産量の3分の1を占めていた中山間地域は、最も深刻な影響を受けました。
 65歳以上の高齢者が集落人口の50%を超すと、冠婚葬祭をはじめ農業用水や道路の維持管理などの社会的共同生活の維持が困難になります。このような人口構成で共同体の機能維持が困難となっている集落は中山間地や離島に多く、「限界集落」と呼ばれています。限界集落では老人夫婦だけと一人暮らしの老人世帯が大半を占めています。2006年に国土交通省が行った調査では、限界集落は全集落の12.6%の7873に達し、消滅の恐れのある集落が2641あります。

 90年代末以降、限界集落に似た現象が、さらに広い地域にも及びました。大企業や下請け企業が、より安い労働力を求めて生産拠点を海外に移したからです。残った企業も人員整理や単価切下げ、下請けへの発注停止を行い、地場の零細・中小企業が倒産・閉鎖に追い込まれました。これによって、農家は一人っ子や長男さえ地元に止めておけなくなりました。地方都市もシャッター街が普通の光景になりました。

 これらは、経済のグローバル化、産業構造の高度化等に伴うやむを得ない状況だという説明があります。しかし、地方の雇用・生活基盤を充実させ、そのために必要な財源と権限を地方に持たせるという、憲法が予定している地方自治の本旨(92条以下)の軽視政策の結果でもあります。戦後日本の政治の特徴の一つは、高度に中央集権的な政治決定システムが続いたことです。日本と並ぶ中央集権国家だったフランスでは、80年代のミッテラン社会党政権の下で地方分権化が進みました。イギリスでも90年代末に、地方分権化が進みました。

 「地方分権」という看板は、選挙民に受ける効果もあって、歴代政権は程度の違いはあれ、掲げてきました。90年代後半の橋本龍太郎政権の「橋本六大改革」にも組み入れられ、99年には地方分権一括法が成立。国の地方に対する機関委任事務は廃止されました。これは国と地方の関係を対等な政府間関係に変える改革の成果として評価されます。しかし、改革は制度的なものに止まり、実体的には大きな課題を残しました。

 小泉政権時代の「三位一体の改革」は、「地方分権」の名の下で、逆に地方の財源を減らしました。即ち、地方に対する3兆円の税源移譲を上回って、補助金と地方交付税の削減が進みました。中央政府は、財源が減らされた地方に対して、財政的自立(自己責任)と民営化で乗り切ることを強制しました。自立が不可能ないし困難になった地方自治体は合併を強いられました。地方自治は、小規模な単位でこそ住民が十分に意思を反映させることができます。この住民自治の思想に逆行する政策です。二宮厚美教授は、小泉改革を「新自由主義的分権化」と呼んでいます(法律時報 06年6月号)。

 今、地方と都市の共生を求める声が地方と都市の双方から上がっています。地方の山や川は都市住民にきれいな水源と空気、健康な食文化、癒やしの場を供給しています。上流と下流に住む人を分離した施策を行う発想を転換し、「上流は下流を思い、下流は上流に感謝する」という理念を基に全国に先駆けて制定した京都・綾部市の「水源の里」条例などが注目されています。限界集落に限らず、地方の自治を支える新しい産業の育成、様々な共生の場の創造、それらを支えるための財源の大幅移譲、自治の法的な保障等が課題になっています。