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2002年

 
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日朝平壌宣言
H.T.記

 2002年9月17日、小泉首相は朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)を訪問、金正日氏と会談しました。その結果、双方が国交正常化の早期実現を目指して努力するという「日朝平壌宣言」が発表されました。東北アジアの歴史の清算と平和構築にとって、歴史的な意義を持つ画期的な会談であり、宣言でした。
 両国のトップ会談に至る道のりは大変長いものでした。そもそも、日本は戦後、アメリカの指揮の下で朝鮮の分断に加担していました。朝鮮を植民地として支配していた阿部信行総督は、アメリカの指示を受けて38度線以南の治安維持に当り、民族独立を求める人びとを弾圧しました。朝鮮の独立を約束したカイロ宣言(1943年)が実行されていれば、南北分断はなかったとも言われます(伊藤成彦「マスコミ市民」07年12月号)。

 しかし、日本にとって、日朝国交正常化問題は、日ソ平和条約締結問題と並ぶ、残された大きな外交課題でした。日朝国交樹立のチャンスは、それまで3回ほどありましたが、冷戦終了後も日米は北朝鮮をソ連に代わる敵として位置付けたこと、「拉致問題」の浮上、98年の北朝鮮によるテポドン発射に伴う関係悪化等のため、交渉はなかなか進展しませんでした。

 北朝鮮にとって最大の目標は、「北朝鮮を敗北させる」(クリントン政権)、「北朝鮮は“悪の枢軸”の一つであり、“核兵器を含む先制攻撃の対象”“究極的には打倒の対象”」(ブッシュ政権)と唱えるアメリカとの関係を改善し、自国の生存と体制を維持することでした。

 アメリカに追随する姿勢が目立っていた小泉首相にとって、平壌での会談は例外的な独自外交でした。宣言の前文では、「両首脳は、日朝間の不幸な過去を清算し」とうたい、第1項では、早期の国交正常化に向けて 10月中に交渉を再開することとしています。第2項では、「日本側は、過去の植民地支配によって、朝鮮の人々に多大の損害と苦痛を与えたという歴史の事実を謙虚に受け止め、痛切な反省と心からのお詫び(朝鮮語では「謝罪」)の気持ちを表明し」、日本側が正常化後経済協力を実施する等規定しました。続いて第3項では、「双方は、国際法を遵守し、互いの安全を脅かす行動をとらないことを確認し」、「日本国民の生命と安全にかかわる懸案問題(拉致問題や工作船問題を指す)については、北朝鮮は再発防止策を採ることを確認しました。金委員長が拉致問題を認め、繰り返さないことを約束したことの意味は大きいものがあります。最後に、第4項では、「双方は、核問題及びミサイル問題を含む安全保障上の諸問題に関し、関係諸国間の対話を促進し、問題解決を図ることの必要性を確認した。」と宣言しました。

 北朝鮮が拉致問題を認め、首脳会談へと動いた背景には、@対米配慮、すなわちアメリカとの橋渡しを日本に依頼しようとしたこと、A当時進めていた外部資本の導入等による経済改革のために日本の経済協力を得ようとしたこと、B中露韓が日朝関係の改善を勧め、北朝鮮も東北アジアの地域安全保障体制づくりに加わろうとしたことが挙げられます(高崎宗司「検証日朝交渉」)。

 当時から、日本国内では拉致問題について激しい怒りがありました。しかし、この問題を解決するためにも理性的な外交を進め、国交を正常化する必要があるという判断は現実的な道でした。直後の世論調査も、首脳会談自体は支持しました。しかし、マスメディアの報道は、テレビを中心に、植民地支配に対する歴史認識と清算方式はほとんど取り上げず、拉致問題一色になりました。総務相は、NHKに対して、「北朝鮮の日本人拉致問題に留意すること」という放送命令を出しています。政府部内では安部晋三官房副長官が日朝交渉の主導権を奪取、小泉首相の姿勢も後退し、北朝鮮を激しく非難し対立するだけの異常な外交になりました。

 このような日本の変化もあって、北朝鮮はもう一度、アメリカを相手にした瀬戸際外交を再開しました。アメリカとの不可侵条約の締結と外交関係の樹立などを求めつつも、核実験・中長距離ミサイルの開発という両天秤の外交政策を取り、6か国協議にも参加と不参加を繰り返しています。

 これに対して米韓両国は、今年も北朝鮮との戦闘を想定した大規模な軍事演習を実施し、北朝鮮の長距離砲基地を開戦直後に撃破できることを誇示しました。日本も国連安保理の要請を無視して、朝鮮半島有事に備えた自衛隊と米軍による「共同作戦計画」の抜本的な見直し作業に着手しました(読売新聞08年11月12日付け)。

 「北朝鮮が攻めてくる」という言説は憲法9条改定の根拠として用いられ、さらには自衛隊による先制攻撃も議論されています。しかし、戦争になるとすれば、米朝武力衝突から始まると分析する専門家が多数です。「米朝武力衝突→周辺事態→対日武力攻撃事態と発展する日本が戦争に突入する事態の発生が懸念される」(浅井基文氏)。
 浅井氏は、25年間の外務省における実務体験に基づき、「他者感覚」の重要性を強調しています。他者感覚に立つと、@北朝鮮は韓国と日本及びその周辺の米軍の核兵器に包囲されています。また、A安保理は5大国及びイスラエル・インド・パキスタンの核武装は許容し、北朝鮮等のそれは認めないというダブルスタンダードを採っていることが指摘できます(大久保賢一「北朝鮮の核武装強化を止めるために」――「法と民主主義」09年6月号所収)。

 「大事なのは『北朝鮮が攻めてくる』という前に、『有事を防ぐ政策』である。国交を回復し、拉致問題もその中で解決していくことが必要だ」。これが「北脅威論に抜けている視点だ。」(丸山重威「新聞は憲法を捨てていいのか」)。

 映画『Dear Pyongyang ディア・ピョンヤン』も、できるだけ早く国交を正常化し、個々の国民同士が交流し対話を増やす機会を創る戦略を具体化することが、北朝鮮に住んでいる人たちも問題を含めてあらゆる問題の解決にとって必要なことを教えています。