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2006年

 
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教育基本法の改定/06年「骨太の方針」
H.T.記

T 教育基本法の改定

 「教育」は私たち個人にとっても国家にとって最も重要で核心的な関心事の一つです。誰によってどのような教育がなされるかによって、個人も国家もその根源的なあり様が規定されます。それ故、教育問題は常に優れて政治問題でもありました。憲法26条の「教育を受ける権利」は、長い間経済的な社会権として理解されてきましたが、政治問題としての教育問題は、教育の内容を国家が決めるのか、親や住民など国民が決めるのか、という教育権論争として議論されてきました。教育基本法の改定は、この問題にも関係しています。

 戦後、新しい憲法の制定と並行して教育基本法が制定されました。同法は、前文の冒頭で、「われらは、さきに日本国憲憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和を人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育に力にまつべきものである」と謳いました。続いて、「個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性豊かな文化の創造を目指す教育」の普及を規定しました。ここにおいて、教育基本法は「個人の尊厳」を究極の価値とする憲法の理想と一体となって教育を実践する「準憲法」として評価されました。 
 国も、憲法とともに教育基本法の普及を率先して実践しました。教育内容について国家と国民の対立がなかった時代です。「教育を受ける権利」の内容は、教育学による子供の学習権の理念の提唱によって反省が迫られました。その結果は、旭川学力テスト事件の最高裁判決に現われました。「(26条の)背後には、国民各自が、人間として、また市民として成長、発展し、自己の人格を完成、実現するために必要な学習をする固有の権利を有する」。基本法の理念が、憲法上の権利によって裏打ちされ、より強固になりました。

  一方、早くも1950年頃から「逆コース」の流れの中で、文部省の政策転換が始まり、教育活動への統制が進められました。さらには、教育基本法自体を改正すべしという議論が改憲の提起と連動して唱えられました。55年からの時代と80年代、それに90年代後半から今回の「改定」に至る3回です。教育問題の核心性・政治性を反映しています。

 改憲の要件は厳格(96条)なことも影響して、現在に至るも実現していません。それに対して、法律である教育基本法は、06年に「改正」されました。名称は同じですが、全面改正であり、新法です。そして、改憲論の実質が今の憲法と同一性のない「新憲法の制定」であるのと同様、新教育基本法の内容も従来のものと異質になりました。激しい反対運動を克服しての成立です。

 新法の特徴は、教育内容についても国家の介入を容易にしたことです。教育行政は、旧法の「不当な支配に服することなく」に加えて、「法律の定めるところにより」が規定されました。法律や行政の裁量により、教育の自由や自立性が後退することが危惧されています。
 そして教育内容も、個人と国家の関係において後者を重視する姿勢を示しています。人権保障よりも「公益及び公共の秩序」を重視する改憲案の先取りです。すなわち、新法の前文では「国家の発展」が第一とされ、「公共の精神を尊」ぶことが謳われました。また、「真理と平和を希求する」が「真理と正義を希求し」に変わりました。正義のための戦争も辞さない人間を作ろうということでしょうか(「伊藤真の憲法手習い塾」)。さらに、第2条の「教育の目標」では、「公共の精神」とともに、「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する態度を養うこと」が掲げられました。この文脈から読み取れる、法が予定する「日本国民」は、「自然の存在」、「エスニシティの単位ないし『民族』」に親和性を持ち、市民革命を経て「人為の産物」として形成された個人(樋口陽一「憲法と国家」)とは異なるようです。そうだとしたら、自立的な個人の自由な人格の発展を目指す近代立憲主義憲法=日本国憲法が目指す教育とは異なることになります。

U 06年「骨太の方針」

 「骨太の方針」は、01年6月に答申された「経済財政運営と構造改革に関する基本方針」に際して、小泉内閣が、聖域なき構造改革とともにキャッチフレーズ的に使用しました。06年の「歳出・歳入一体改革」の路線である「骨太の方針は、社会保障制度の縮小を加速し方向付けました。これは、財政再建至上主義に立って、国と地方の基礎的財政収支を2011年に黒字化するために、自然増する歳出を11兆〜14兆円削減すると同時に、経済成長や消費税アップによって2〜5兆円の税収増をはかる、という方針でした。そのため、「社会保障全般にわたり不断の見直しを行う」こと、毎年2,200億円の社会保障費削減を行うことが閣議決定されました。これに沿って、生活保護給付の削減(母子加算や老齢加算の廃止)や医療、介護などの給付が抑制されました。

 「骨太の方針」を決めた経済財政諮問会議は内閣府に設置され、それまでの官僚主導による政策運営を官邸主導、政治主導による政策運営に転換する働きをしてきました。官僚主導を抑制しようという方向性は、程度の違いはあれ、民主党政権と同じです。しかし、自公政権時代の経済財政諮問会議は、多国籍企業を代表する民間人を重用し、財界主導による政策運営という点で異なります。その結果が社会保障費の削減でした。