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2007年

 
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国民投票法の成立/格差と貧困の拡大
H.T.記

T 国民投票法の成立

 07年5月14日、「日本国憲法の改正手続に関する法律」(いわゆる「国民投票法」)が成立しました(5月18日公布)。施行はそれから3年後である今年5月18日です。もうすぐ、改憲の国民投票が可能になります。

 本法制定の必要性として、改憲の手続法を制定しないのは立法義務に違反する「立法不作為」であることが強調されました。しかし、改憲が日程に上ってからの急な主張であることは否めませんでした。当初、自公民3党による修正案の共同提出が目されていましたが、最終的には与党単独で提出され、強行採決されました。議員立法でありながら異例の18項目にも及ぶ付帯決議がなされたことは、多くの問題点が残されたままの見切り発車だったことを端的に物語っています。安倍晋三内閣が改憲を実行するため制定を急いだことが背景にあります。
 
 憲法改正は、国政のあり方を最終的に決定する権力を国民自身が直接行使するものであり、憲法制定と並んで国民主権の核心に当たります。それゆえ、国民投票の手続を決めるにあたっては、時間をかけて十分に議論し、国民各層が納得できるような中立的で公平な手続を合意することが必要不可欠です。この見地からみると、国民投票法には次のような問題があることが指摘されています。@最低投票率を定めていません。しかも憲法96条が国民投票で「過半数の賛成を必要とする」としている「過半数」の母数を有効投票総数という最も低いものとしています。これらは改憲を安易に可能とするものであり、憲法の最高法規性を軽視することになりかねません。A国民投票は「憲法改正案」ごとに行うとしています。一括投票を認める余地もあり不明確です。B500万人に上る公務員や教員が地位を利用して運動することを禁止していますが、漠然不明確な規定であり、憲法21条に違反する疑いがあります。C改憲に関する有料広告が投票日の2週間前までは自由です。資金力のある者に極めて有利です。D改憲の発議があってから投票日までの期間が60日〜180日では周知し討議する期間として短すぎます(山内敏弘:「日本国憲法60年と改憲手続法案(国民投票法案)」伊藤真:「憲法改正手続法1〜5」)。

 「『国民投票法』成立前に、‥‥あれほどかしましく『憲法改正』が叫ばれていたのに、法律成立後はまったくといっていいほど話題にのぼらなかったのは、その『改憲』論が将来をきちんと見据えたものではなく、『ムード的』な議論でしかなかったことの証左である。『憲法改正』こそ、きちんとした長期的展望にたって議論されるべき問題であるが、『国民投票法』の施行ということで、またしても『ムード的』な『改憲』論がわき起こるのではないかと危惧される。」(浦部法穂の憲法時評)。

U 格差と貧困の拡大

 高度経済成長期から80年代末頃までの日本は、まじめに努力すればそれなりの生活ができる平等な社会を目指していました(但し、大企業と中小零細企業の「二重構造」や男女間の格差等の問題は根強く存在しました)。しかし、当初所得の格差は80年代後半から、税や社会保険による再配分後の所得の格差は90年代末から、拡大を続けました。人々は格差を次第に実感し、不平等社会化に警鐘を鳴らす書籍も続々と出版されるようになりました。それでも04年段階では「封印される不平等」(橘木俊詔編)の名前のとおりの状態で、格差が政治の舞台に登場したのはようやく06年の国会の論戦からでした。07年8月、厚労省の「05年所得再配分調査報告書」が公表され社会に衝撃が走りました。所得の最も低い方の20%である第1階層の当初所得は国民全体の所得総額の0.1%にも届かず、上位40%が所得総額の79.6%を得るようになりました。

 「格差拡大」に続いて「貧困の増大」自体が問題になってきました。
 貧困の基準となるのが「貧困ライン」と「相対的貧困率」です。前者は国家が基準を定めて実態調査を行い対策を立てます。しかし、日本の政府は貧困ラインを定めていないので、生活保護基準が事実上の貧困ラインの役割を果しています。現代の貧困を代表するのがワーキングプア(働く貧困層)で、働いても貧困ライン以下の収入しか得られない人々を指します。これを可視化したのが、06年7月に放映されたNHKスペシャル「ワーキングプア―働いても働いても豊かになれない」でした。後藤道夫氏は、656万世帯(勤労世帯中の18.7%)がワーキングプア世帯と推計しました(「格差社会とたたかう」)。
 後者の「相対的貧困率」(その国の所得の中央値の50%以下の所得しかない人たちの割合)についても、日本政府はこれまで算出を拒んできました。民主党政権になってはじめて、昨年10月に算出の結果が公表されました。これによると、経済協力開発機構(OECD)加盟30か国の中で下から4位の15.7%で、貧困率の高さが際だちました。

 貧困を象徴するのが餓死者で、07年の厚労省発表によれば、11年間で867人に上りました。氷山の一角の数字です。戦争直後でさえ、餓死は社会問題にはなりませんでした。

 格差と貧困の拡大の原因は、労働者の給与総額の減少・雇用のセーフティネットの不備と、富裕層に手厚く中間層以下に厳しい方向での税制・社会保障制度の改定による所得の再配分政策の後退です。
 前者の主因は労働法制の規制緩和の結果非正規労働者が増大して労働者の3分の1を越えるに至ったことですが、正社員の給与も下がりました。企業活動の成果が、従業員から企業の内部留保、顕著に増えた外国人を含む株主、役員等に移動しました。「財務省の法人企業統計を使って、企業の利益が株主、役員、従業員の間でどのように分配されてきたかを調べてみた。1988年度から2007年度までの20年間で、経常利益が2倍になる一方、一人あたり役員給与は1.5倍、株主配当に至っては4倍以上に伸びていた。一方で、唯一マイナスになった指標がある。一人あたり従業員給与だ。」(09年7月13日号「アエラ」)。

 格差のもう一つの柱となるのが、大都市と地方の間の地域間格差の拡大です。大きな原因は旧政権が推進した「構造改革」によるものとされています。

<法学館憲法研究所からのお知らせ>

法学館憲法研究所は、2月20日(土)、公開研究会「地方自治と憲法」を開催します。地域間格差をどう理解すべきか、民主党が掲げる「地域主権」の実体は何か、憲法との関わりを白藤博行先生に語っていただきます。詳しくはこちらをご覧ください。