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2008年

 
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世界経済の危機―“金融版・大量破壊兵器”
H.T.記

 2008年9月15日、アメリカの5大投資銀行の一つであるリーマンブラザーズが突如経営破綻したのをきっかけに、先進国の金融システムは信用の喪失によって全面的に麻痺。資金の流れが途絶するという金融危機が勃発しました。アメリカの消費の収縮により世界の輸出と生産は縮小して世界経済が戦後初めてマイナス成長に陥り、世界同時不況が到来しました。「100年に1度か50年に1度の危機」と言われました。1929年〜33に経験したような世界恐慌はもはや起きないという資本主義の神話の崩壊です。

 リーマンのような投資銀行は日本でいえば証券会社です。それゆえ企業の株や債券の発行を引き受けたり市場での売買を仲介したりして手数料を収益としていました。いわば社会の脇役です。それが1970年代の末から突如主役への道を歩み出しました。住宅ローンという貯蓄機関による融資を新たな自己勘定の証券化された金融商品として開発して売り出したことから始まります。住宅ローンは金利や支払い能力その他まちまちですが、信用度の低いサブプライムローンも規格化されて大量に証券化されました。さらに、住宅ローンだけでなく、自動車ローンや航空機リースなど多様な種類の「原料」が混合された債券(CDO)や、貸し倒れのリスクだけを取り出して他人に肩代わりさせる金融商品(CDS)も開発され世界中に売り出されました。大きなレバレッジ(梃子)を利かしたこれらの証券は住宅バブルの時代には驚異的に売れました。第一線の優秀な数学者や物理学者などを大量動員してITの新技術で処理する「金融工学」で、リスクが見えない極めて複雑な証券を作り出すことに成功したからです。

 それらが、住宅バブルの崩壊で値崩れして巨額の損失を出しました。そのため、リーマンやゴールドマンサックスなど投資銀行の株価は暴落、経営危機に陥りました。またたく間に、5大投資銀行は姿を消しました。商業銀行も大打撃を受けました。1929年の恐慌の教訓で、商業銀行と投資銀行(証券会社)は厳しく分割されましたが、99年の金融の規制緩和で分割が撤回され、商業銀行も同様の債券を扱っていたからです。

 金融危機が実体経済を直撃して経済危機に突入したのは、「マネー資本主義」になっていたからです。すなわち、リーマンの破綻直前には金融資本は実体経済の4倍近い規模に膨張していました。株式会社の目的として株主の利益を上げることが徹底的に追求され、行き着いた先が短期で効率良く最大の利潤を上げる産業は金融業だったからです。製造業でさえ、金融活動による収益で業績を伸ばしていました。取引の手段に過ぎないマネー自体が取引され、マネーがマネーを生み経済の主役になるという倒錯した経済になっていました。

 「マネー資本主義」を可能にした土壌は、アメリカに世界中から大量の資金が流入し、アメリカを「世界の金融センター」にしたことにあります。金・ドルの交換停止と変動相場制への移行後も、アメリカは慢性的な経常赤字を続け、ドルをたれ流してきました。にもかかわらずドルが基軸通貨の特権的地位を維持できたのは、経常赤字を上回る資金が流入したからです。アメリカ主導のグローバリゼーションで、資本取引・外国為替取引の自由化(規制緩和)が世界中に強要されました。人々の欲望は暴走し、生き馬の目を抜く投機が日常的になりました(投機資本主義)。

 日本の土地バブルの崩壊の例に学ぶまでもなく住宅バブルの崩壊は予想されましたし、債権化された証券にリスクが潜んでいることは、作った当事者は分っていました。危機を作り、それを防止できなかった最大の原因は、金融機関と政治が献金や人的交流で一体化していたからです(企業による政治家、ホワイトハウスへのロビー活動の激化については、ロバート・B・ライシュ「暴走する資本主義」参照)。金融危機・世界同時不況で、投資していた年金基金などは大打撃を受け、また、失業者の増大で、市民・労働者が最も犠牲になりました。一方、金融商品の開発者・トレーダーや情報を知りうる地位にあった特権的な投資家、政治家は巨利を獲得し、格差は極端に拡大しました。金融業は長期的に見るとゼロサムゲームです。リスキーな金融商品は“金融版・大量破壊兵器”とも称されます(「マネー資本主義」NHK出版)。合法的な詐欺とも言えるでしょう。

 現在、世界経済は最悪の危機から脱し、ゆるやかではあれ回復に向かっているという観測が流れています。当面1929年の世界恐慌のような事態に陥るのが回避された最大の要因は、各国政府による巨額の金融安定化策と財政出動による景気刺激策です。

 しかし、金融危機が再び暴発するのを防ぐためには、市場原理主義によるマネー資本主義から脱却して「規制された資本主義」「管理された資本主義」になることが必要だとされています。そのため、08年の金融危機後の世界は、G8に代わって新興国などを加えたG20で金融サミットを開催し対応策を検討してきました。一定の規制策は打ち出されましたが実行に移すことは先延ばしされています。実効性があると言われる金融取引への課税(通貨取引税の導入)は、イギリスが提案し独仏などが賛成しましたが、アメリカが難色を示しています。正体不明で「影の銀行」と言われるヘッジフファンドの規制も進んでいません。不安定なドルに代わる新たな基軸通貨制度を作れという提案も無視されています。75年前にケインズが言っていたことです。大多数の発展途上国の発言権を排除しているG20でなく、国連が金融規制で中心的な役割を果すべきだという主張(ジョセフ・スティグリッツ等)が生かされる見通しも全く立っていません。

 私的な主体であることを理由に財産権に対する規制を拒否した金融機関が、危機に瀕すると公共的な主体であることを理由に税金で救済されるという矛盾についての議論もはなはだ不十分です。

 金融危機の再発を防ぎ、世界の人々の生存権を保障するためには、経済面、政治面における民主主義の前進が不可欠です。人類は、私的所有を「各人の生命を維持するのに必要な限度で自分自身の身体を自然に働きかけて得たものに対する所有」と捉え、自らの労働に基礎を置くものと根拠づけたジョン・ロックが唱えた初心に立ち戻って考える時期に来ているのかもしれません。