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論文「人がデモをする社会」

H・T


 特集「だれのための政治なのか―政党政治の危機、デモがもたらす希望」所収の論文です。「世界史の構造」の著者であり文芸評論家の柄谷行人氏によるものです。3.11原発震災の後、自立した市民によるデモが継続的に行われるようになったことに、単なる代表制民主主義とは異なる民主主義の可能性が開示される展望を見出しています。

 1960年6月の安保闘争の際は、市民による大規模なデモが連日行われました。しかし、それは一時的なものだった、その後は学生や新左翼の活動家による暴力的なデモが主となり、市民のデモは消えた、2003年のイラク戦争の時のデモも小規模だったと述べています。

 柄谷氏は、日本人がデモに参加しない要因を、和辻哲郎や丸山真男の言説を紹介しつつ、「公共性への無関心」に求めています。自由都市という共同体の伝統がある西洋では、個人は自立しつつも結社などに自発的に「集まること」に親和的であるゆえに市民の様々なデモが続いているのに対して、個人が「家」の中にあり公共性に対して無関心だった日本では、個人は基本的に「私化」し、あるいは「原子化」していたと。

 しかし、原発事故は「家」の中に侵入する性質のものであるゆえに、市民が自立的にデモに参加するようになったが、これによって日本が「人がデモをする社会」に変わるかどうかはわからない、そのためにはデモについてもっと根本的に考え直す必要があると述べています。すなわち、従来は、デモは他の目的のための手段として捉えられてきたが(割り切り過ぎているかもしれません―筆者註)、デモは人々が主権者として行う目的として見るべきだとの主張です。

 そして、個人がデモに参加しているように見えるが、実際は誰かと一緒にアソシエーションとして参加しているはずである、このアソシエーションはこれまでの日本的共同体が解体された後に生まれた企業区分を超えた労働組合や協同組合などであろうと述べています。「世界史の構造」につながる考え方でしょう。

 この意味で市民が「公共的」なものに関心を持つに至っても、米軍基地問題は沖縄の人以外には依然として自分の外側にあるものと捉える事態は変わっていないとも指摘しています。

  民主主義の見直しや自己実現を考えるうえで示唆的な論考です。

【論文情報】
「世界」2012年9月号所収 筆者は柄谷行人氏 岩波書店 840円(税込み)



 

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