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書籍『沖縄戦・最後の証言—おじい・おばあが米軍基地建設に抵抗する理由』 

M・I

 異色のフォトドキュメントです。多くのモノクロ写真と8人の「おじい」・「おばあ」の証言から構成されています。安倍政権は、沖縄県民の反対を無視し、名護市辺野古や東村高江で強行に米軍基地を建設しようとしています。写真は、本土のマスコミではほとんど報道されることのない現地の模様を克明に写し出しています。辺野古の美しい海、「オール沖縄」の新基地反対の県民集会、市民の抗議行動に襲いかかる沖縄県警と警視庁機動隊、早朝からゲート前に座り込む市民、市民を次々とごぼう抜きし拘束する警察、辺野古埋め立てに反対する抗議船やカヌー、抗議活動を排除する海上保安庁等々、緊迫した時を切り取った写真は、見る者に緊張感を強いるほどです。そこにある圧倒的な国家による暴力、沖縄には日本国憲法と民主主義は適用されないのかという怒り、沖縄をいつまで「捨て石」にするのかという悲しみ、そして辺野古の米軍基地前と高江のゲート前に、不自由な体を押して座り込む多くの「おじい」「おばあ」。71年前、何があったのか。県民の四人に一人にあたる十二万人以上がなくなった沖縄戦がありました。「おじい」と「おばあ」は、その生き残りだったのです。
 島袋文子さん(八十七歳)は、激しい艦砲射撃を経験します。道路だけではなく、畑の中も通って逃げますが、艦砲射撃や機銃掃射でやられた住民や日本兵の死体がたくさん転がっていました。「腐敗して体内にガスがたまって、パンパンに膨れた死体を踏まないように進むことは大変でした。艦砲に当たる怖さより、死体を踏むことが怖かった。間違えて踏んでしまうと、猛烈な悪臭がするんです。」ある晩、弟が水が飲みたいというので、真っ暗な中を探し回り、砲弾跡にできた水溜りを見つけて、その水を弟にも母にも飲ませ、自分も飲みます。翌朝、明るくなってから見た水たまりは、住民や日本兵の死体が浮き、死んだ人の血で真っ赤でした。「五歳ぐらい子の手を引いて、もっと小さな子どもをおんぶして逃げている女性がいました。手には荷物を持っていました。そこへ艦砲弾の破片が飛んできて赤ちゃんの首をサッと切り、首が飛んでいきました。真っ赤な血が噴き出しました。」
 平良啓子さん(八十一歳)は、沖縄から本土への子どもや高齢者の疎開船「対馬丸」の生き残りです。米潜水艦の魚雷攻撃を受け、小学生800人以上が乗った対馬丸は沈没。1800人近くの乗船者のうち約1500人が死亡。児童の生存率は7%といわれています。
 宮里洋子さん(七十六歳)は、座間味島の「集団自決」の生き残りです。月並みですが「筆舌に尽くしがたい」としか言いようのない体験をしました。
 その他にも「鉄血勤皇師範隊」の生き残り、サイパン島玉砕の生き残りなどの「おじい」「おばあ」の体験証言には言葉がありません。親兄弟など多くの家族が死んでいることも共通しています。艦砲射撃、火炎放射器、バラバラになった死体、死体にわいたうじ虫、血のり、餓え、渇き、日本兵に首を絞め殺された妹、焼け野原になったサトウキビ畑、そして収容所。今の日本人が想像もできないことばかりです。
 今回、沖縄戦の証言をしてくれた「おじい」と「おばあ」の現在の写真も載っています。穏やかな目をしています。しかし、「悲惨な戦争を二度と繰り返してはならない」「戦争につながる人殺しのための基地は絶対に造らせない」という強い思いを秘めた眼差しでもあります。現在は過去につながり、そして現在進行形であることを強く訴えている渾身の写真&証言集です。

【書籍情報】
2016年7月に、新日本出版社から発行。著者は森住卓。定価2000円+税。





 

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