法学館憲法研究所は、憲法を系統的に研究し、個人の尊厳の実現をめざす非政府組織としての自由な研究機関です

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書籍『気骨—ある刑事裁判官の足跡』

M.I

 気骨ある裁判官に師事した気骨ある裁判官の伝記という二重構造の構成になっている珍しい一冊です。著書の元・大阪高裁判事の石松竹雄弁護士は、1925(大正14)年生まれ、小学校入学の31年に満州事変が起き、中学入学の年、盧溝橋事件(日中戦争)が勃発、熊本の旧制五高入学の年が真珠湾攻撃、東京大学法学部の時に徴兵されるも、一か月後には終戦となりました。物心がついてから成人に達するまでまさしく戦争世代そのものです。ところが軍国思想に染まるわけでもなく、終戦後大学に復学した後に出会ったのが、マッカーサー草案を取り入れた「憲法改正草案要綱」でした。筆者の言葉です。「この憲法草案要綱に接して、混沌たる気分を一掃され、大にしては日本国の、小にしては私自身の進路に一条の光を見出したような思いに浸った記憶が残っている。そして、間もなく、主権在民、戦争・戦力の放棄、基本的人権の尊重を核とする日本国憲法草案に心酔するに至ったように思う。」
 著者の信念を曲げない硬骨漢ぶりは血筋なのか、祖父の石松勝一は旧中津藩の下級士族の生まれで、明治10年の西郷隆盛の西南戦争に呼応して挙兵、陸奥宗光(後の外務大臣)、や大江卓(後に衆議院議員)、林有造(後に逓信大臣・農商務大臣)などと共に検挙され下獄したという傑物です。

 著者は東大卒業後、戦後第二回目の司法試験に合格し、司法修習生となります。そして修習先の大阪地裁で出会うのが、後に師と仰ぐ網田覺一判事だったのです。戦後のこの時期は、日本の飢餓時代と言ってもよく、皇居前広場では25万人も参加した米よこせの食糧メーデーが開かれ、あの有名な「ナンジ人民飢えて死ね ギョメイギョジ」のプラカード事件が起こっています。配給米だけではとても食べていけず、ほとんどの国民が闇米で食いつないでいました。著者も闇米運びの体験者でした。そんな中、東京地裁の山口良忠判事が、闇米を食べずに餓死するという事件も起こります。闇米全盛の時代に、政府は闇米を取り締まらなければ秩序が保てないとばかり、闇米をやっている多数の行商人や零細商店主を統制法違反で捕まえて裁判所に送り込みます。その公判廷で、網田裁判長とこれら被告人との問答です。
問『同業者は闇をやっているか。』
答『はい皆やっております。』
問『皆捕まるか。』
答『いいえ、捕まったのは私だけであります。』
問『君、人づき合いが悪いのと違うか。』
答『そうでもないと思いますが。』
裁判長『これから、見つからんように闇をやれよ。』
 そして、判決の結果は、ほとんど罰金で執行猶予付きでした。ここに網田判事の確固たる信念があるのです。すなわち法律は人を生かすためにあるのであって、殺すような法律は守らなくてもよい、それを守ることによって人が死を選ばねばならぬような法の順守を人に要求することはできないという信念でした。
 
 本書では、実際の事件例が数多く語られ、中でも著者が大阪地裁令状部にいた時の、勾留の令状に関する裁判の状況描写は、実務そのものの迫真性で読ませます。著者によれば、昭和四○年代ころまでの裁判官には、令状審査を実質的に厳格に行おうとする気迫があったとのことです。「現行憲法及び刑事訴訟法が、捜査官に広範な捜査権を付与した反面、裁判官の令状審査によってこれを抑制しようとした趣旨を守り通そうとして苦闘する裁判官は決して少なくなかったのである。」「しかし、そのような令状審査は、昭和四〇年代末ころから全国的に一変し、令状事件の処理に迷ったら、警察・検察側の主張通り令状を発布しておけば良い、というような風潮が全国の裁判官を覆うようになったと思われる。」
 各章末には、著者に対する安原浩弁護士のインタビューが掲載されています。そこでは、刑事裁判で最初に無罪判決を出した時の著者は「警察批判、検察批判が刑事裁判の使命であるという気持ちが強かった」と語っています。また「裁判官生活を通じて常に心掛けたのは、刑事被告人の人権をいかに守るかっていうことでしょうね。そういう視点が今の裁判官にはあまりないように思います。それからもう一つ付け加えれば、今の裁判官には被告人の家族とか親族に対する配慮なんて全然ないようです。被害者に対する配慮が前面に出すぎて、刑罰を受けるのは被告人であることが忘れがちであるように思います」と痛烈です。さらに「人権を守るってことは結局、反権力ですよ。一番の人権侵害の張本人はやっぱり国家権力ですよね。警察、検察によって代表される国家権力の乱用であって、それに対してやはり抵抗するってことは当然でしょう。」「若い人には、刑事裁判の本質は権力批判であるという観念はあまりないようですよね。僕が若い人に一番伝えたいことは基本的な姿勢として刑事裁判は権力批判ということかな。」このあたり裁判官を志望して勉強している若者は、肝に銘ずるべきでしょう。

【書籍情報】
2016年9月に刑事司法及び少年司法に関する教育・学術研究推進センターより発行(販売・日本評論社)。著者は石松竹雄・元大阪高裁判事、弁護士。インタビュアーは安原浩弁護士。定価は1400円+税。

【関連書籍】
守屋克彦編著『日本国憲法と裁判官—戦後司法の証言とよりよき司法への提言』(日本評論社)
生田暉雄『最高裁に「安保法」違憲判決を出させる方法』(三五館)

<法学館憲法研究所事務局から>
この書籍の著者の石松竹雄さんとインタビュアーの安原浩さんは「市民の司法」のサイトの「連続講演会『日本国憲法と裁判官』」にご参加いただいています。
http://www.saiban-kenpo.org/event/index.html#02
http://www.saiban-kenpo.org/event/index.html#09












 

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