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ブックレット『相模原事件とヘイトクライム』

M.I

 2016年7月26日深夜、神奈川県相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で、元職員が障害者19人を殺害、27人に重軽傷を負わせるという日本犯罪史上空前の残忍な事件が起こりました。この障害者殺傷事件に衝撃を受けた著者が、「事件そのもの」よりも、その「波紋」をどのように考えるかをまとめたのが本書です。著者は保坂展人現世田谷区長、教育ジャーナリストを経て、衆議院議員になり「国会の質問王」と評されたこともあります。ある一定の世代の読者にはあの「麹町中学校内申書裁判」のヒーローです。
 まず著者は本事件をヘイトクライム(憎悪犯罪)と位置付けます。ヘイトクライムとは、個別のトラブルや怨恨等を理由とするものではなく、生まれながらの人種、民族、宗教、性的指向、障害等の特定の属性を持つ対象への偏見や差別にもとづく憎悪によって引き起こされる暴力、虐待等を意味する言葉です。今回の事件の異様さの一つは容疑者が今年の二月に衆議院議長公邸を訪れ、大島理森衆院議長に手紙を届けている点です。その内容が衝撃的です。いきなり「私は障害者総勢四七○名を抹殺することができます」と宣言し、「私の目標は重度障害者の方が家庭内での生活、及び社会的活動が極めて困難な場合、保護者の同意を得て安楽死できる世界です。重度障害者に対する命のあり方は未だに答えが見つかっていない所だと考えました。障害者は不幸を作ることしかできません」と殺害の対象を絞った確信犯であることを明らかにします。その後、手紙は作戦内容と称して「重度障害者が多く在籍している」津久井やまゆり園を名指しにし、犯行手順を具体的に記載しています。
 手紙の文面の言葉は「障害者に生きる価値はなく、社会のために抹殺されるべきだ」という優生思想そのものであり、まさしくヘイトクライムという犯罪の特異性が浮き彫りになっています。著者はこのヘイトクライムのバックボーンとなっている「思想」「価値観」をえぐりだし、根っこから引き抜いていく深い議論をする必要を感じます。なぜならば「歴史上、理不尽かつ不条理だけれども、大衆心理の情動をつかみ、残虐行為を繰り返すことを正当化し、『社会の進歩』として称賛するような出来事もあったからです。」

 世田谷区長である著者は、自立生活センターHANDS世田谷の横山晃久理事長と語り合います。横山理事長が問題にするのは親の意識です。「たとえば、飛行機事故が起こると、被害者がどんなに幼い子どもでも名前が出ます。今回の被害者は二○代から六○代の人たちなのに、名前が出て来ない。これは親の意思によるのでしょう。」「家族は、被害者にいてほしくなかったんです。被害者の名前を出してしまうと、あそこの家に障害者がいたということがわかる。これは僕のうがった見方かもしれないけれど、事件が起こって、ほっとしている家族もいるのではないでしょうか。それが生まれつき脳性まひの僕の考えです。こういう意識は根強いのです。そして、親の意識をそうさせたのは、日本全体の意識なんです。」
 続いて著者は日本障害者協議会代表・きょうされん専務理事の藤井克徳氏に話を聴きます。藤井氏は入所施設の問題に触れます。「一般の青年層・壮年層が大集団で、しかも期限なしで生活するなどということは、普通はないことです。通常の社会にはあり得ないことが、やまゆり園にはあったのです。(中略)地域から隔離された入所施設という変な現象があったのです。」次に横山氏も指摘した匿名という問題です。「その方の性別や年齢などがあってはじめて悼む気持ちが生まれ、それによって手の合わせ方も変わってくるはずです。匿名報道は遺族の意向と言われますが、これは『この子はいないことになっている』、つまり障害者を隠したいとすることの現れではないでしょうか。この発想自体、優生思想の延長線上にあるといっていいのではないでしょうか。」実に重い指摘です。
 著者は更に全盲と全ろうの重複障害のある東京大学先端科学技術センターの福島智教授の「二重の殺人」という言葉を紹介します。「被害者たちのほとんどは、容疑者の凶行から自分の身を守る『心身の能力』が制約された重度障害者たちだ。こうした無抵抗の重度障害者を殺すということは二重の意味での『殺人』と考える。一つは、人間の肉体的生命を奪う『生物学的殺人』。もう一つは、人間の尊厳や生存の意味そのものを、優生思想によって否定する『実存的殺人』である。」

 本書で取り上げられているのが、ナチス・ドイツの「T4作戦」です。ナチス・ドイツは、数百万人ものユダヤ人を虐殺したホロコーストで有名ですが、実はそれ以前に障害のある人を「価値なき生命」とみなしてガス室で次々と殺戮し、20万人以上の人々の生命を奪いました。この障害者の大量殺戮の技術と手順がユダヤ人等の虐殺につながったのです。これを「T4作戦」と言いました。再び藤井氏の言葉です。「ドイツの中西部にハダマーという町があります。ここに障害者専用の殺戮所が一つだけ残っています。一二平米、つまり七畳半のガス室に、障害者を一度に五○人ずつ閉じ込め、精神科医が一酸化炭素ボンベのガス栓をひねった。ヒトラーの命令書を隠れ蓑にして、医者たちはそれまでやりたくてもできなかった人体実験をしました。」ヒトラーは主たる目的である、ユダヤ人の殲滅に手を付けるため、早々にT4作戦を切り上げます。「T4作戦の犠牲者は一九四一年八月までで七万人余で、その後T4作戦は『野生化』の状態に入りました。精神科医の手を離れて、看護師、介護士が勝手にやってしまうようになったのです。毒殺、飢餓殺などがあり、合計で二○万人以上が殺されました。中止命令以降のほうが、死者が多いのです。」
 著者の保坂区長の言葉です。「事件後に、私が唖然としたのは『障害者の生命と尊厳』について、私たちの社会が獲得してきたはずの共通理解の基盤が危ういと感じたからです。」「事件報道を見ていて強く感じたのは、重要な点が欠落していたことです。世界の障害当事者が長期間の熱心な議論を経てつくりあげた障害者権利条約も、この四月に施行されたばかりの障害者差別解消法も、事件後の報道が大きかったにもかかわらず、ほとんど触れられていません。」まだまだ私たちは勉強が足りないことを思い知らされるブックレットとなっています。巻末に障害者差別解消法(抄)が付いています。

【書籍情報】
2016年11月に岩波書店より発行(岩波ブックレット)。著者は保坂展人世田谷区長。定価は520円+税。




 

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