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書籍『憲法という希望』

M.I

 今一番気鋭の憲法学者の一人と言っていい木村草太教授の新しい憲法入門書です。まず教授の憲法の定義が明解です。「さまざまな法律がある中で、憲法は、国家の失敗を防ぐための法律だ。」
 第一章の「日本国憲法と立憲主義」で定義する立憲主義も明解です。「立憲主義とは、ごく簡単に言えば、過去に権力側がしでかした失敗を憲法で禁止することによって、過去の過ちを繰り返さないようにしよう、という原理のことです。」この指摘は鋭いですね。ここから立憲的意味の憲法がどんなものか導かれます。「ごく簡単に言えば、過去に国家がしでかしてきた失敗のリストだと言えると思います。」では、国家権力のよくやりがちな失敗とは何か。教授は、国家権力の三大失敗として、「無謀な戦争」「人権侵害」「権力の独裁」とまとめます。それらを防ぐため、「立憲的意味の憲法では、軍事統制、人権保障、権力分立が三つの柱となります。」そして、憲法が最高法規である理由は、憲法が「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」である大切な人権を保障する法だからと(憲法97条)、こちらも明解です。

 第二章「人権条項を活かす」から各論に入ります。採り上げられるのは家族法です。教授は「日本の家族法の対応は、世界の先進国の潮流に比較しても非常に鈍い面があります。例えば、近年、同性婚についての議論すら進んでいないことに批判が強まっています」と指摘します。確かにアメリカの連邦最高裁は同性婚カップルを異性婚カップルと同等の権利を持つと判断しています。日本では「家族法に関しては、立法による対応が期待できません。」そこで「裁判に訴えて権利を獲得するしかない、憲法を盾に闘って法律を変えさせるしかないのです。」
 具体例として論じられるのが、「婚外子の相続分差別」と「夫婦別姓訴訟」です。教授は、後者の訴訟で敗れた原告団の理由を「男女差別にとらわれたからではないか」と分析し、「人権論の論点は、イデオロギーで頭が固まってしまいがちです。しかし、それでは訴訟で勝てません」と辛口の結論を出します。

 第三章「『地方自治』は誰のものか」は、統治機構論の各論です。採り上げられるのは、現在進行形で最もホットな沖縄県の辺野古基地建設をめぐる問題です。ここで教授が解決方法として挙げる「木村理論」が本書で最も読み応えのあるところです。それを支えるのが三つの憲法条文です。まず、「国会は、国権の最高機関であって、国の唯一の立法機関である」と定める憲法41条です。この条文は「国政の重要事項」については、法律によって決めなければならないとするものです。教授の疑問は、「米軍基地の設置を内閣の判断のみで決めてよいのか」ということです。「米軍基地をどこに設置するかは、国にとって大きな影響を与えますから『国政の重要事項』に当たると考えるのが自然でしょう。」
 次に、木村理論の第二の柱は「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める」とした憲法92条です。「米軍基地が設置されれば、地元自治体の自治権は大きく制限されます。そうすると、米軍基地をどこに設置し、自治権をどこまで制限するのかは、法律事項であるとであると考えるべきではないかと思われます。」その通りです。思えば普天間基地の代替施設をどこにするか、国家の意思決定として示されたのは小泉内閣と鳩山内閣の時の二つの閣議決定だけです。
 そこで木村理論の第三の柱、憲法95条の登場です。この条文には「一の地方公共団体のみに適用される特別法は、法律の定めるところにより、その地方公共団体の住民の投票においてその過半数の同意を得なければ、国会は、これを制定することができない」と書いてあります。「つまり、特定の地方公共団体だけに適用される法律は、その住民の同意がなければ制定できないということです。」ここで「地方公共団体の側に、住民投票という切り札があることによって、国が強権的な態度に出ることを押しとどめ、相互に真摯な協議をすべきことを促す効果もあります。」この指摘は大正論でしょう。

 辺野古に新たに米軍基地を建設するならば、憲法41条、憲法92条に基づき、辺野古基地設置法のような法律を制定しなければなりません。地方自治体の権限をどこまで制限するのか、国民の代表である国会がきちんと話し合って、法律として決めなければなりません。さらに憲法95条によって、地元自治体の住民による住民投票が必要となります。名護市または沖縄県の住民投票ということになります。辺野古に関する凡百の議論の中でこの木村理論が白眉でしょう。
教授は続けます。「どんなに大変であっても、大事なことを決定する時には、多様な意見に耳を傾けながら、よりよい解決策を見つけていこうとするのが民主主義の基本的な思想です。権力者の側が多様な意見に耳を傾けることによってはじめて、個人の尊重が実現されるのです。」

 最後は第四章「対談 『憲法を使いこなす』には」です。ここでインタビューアーとして登場するのが、あの「クローズアップ現代」を長年担当してきた国谷裕子キャスターです。この章が、本書のキモになっています。国谷キャスターの木村教授に対する質問が、月並みな言葉で言う「かゆいところに手が届く」内容で、まさしく「プロの凄み」を発揮しています。このことで本章が、木村教授自身による第一章から第三章までの見事な解説となっています。読者にとっては「そういうことだったのか」と頷くことばかりとなります。また、憲法裁判所についての冷徹な見解や、学校ですべきなのは道徳教育よりも法学教育だという極めて魅力的な提案もあります。
 そして教授の結論です。「憲法は、まったく違う価値観の人と共存しながら政治社会を作っていく試みです。全然違う価値観の人と生きていくというのは、非常に無理をしているわけですね。しかし、それをやっていかなければ、すべての個人が尊重される社会はできません。」「憲法が目指しているのは、すべての人が平等である社会、多様な価値が尊重される社会、言ってみれば、私たちにとって当たり前の社会ですよね。」「そういう社会を実現するために、憲法はあります。」
明解な論理展開とその説得力に終始感心させられる一冊となっています。付録の「憲法について学ぶ文献リスト」も興味深いリストで必読の価値有りです。

【書籍情報】
2016年9月に講談社より発行(講談社現代新書)。著者は木村草太首都大学東京教授。定価は760円+税。

【関連書籍・論文】
奥平康弘・木村草太『未完の憲法』(潮出版社)



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