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特集『護憲派による「新九条」論争』

M.I

 昨年3月の安保法制の施行、7月の参院選でのいわゆる改憲勢力の議席の3分の2超え、駈け付け警護の任務を負う自衛隊の南スーダンへの派遣等々、今や憲法九条の存在は危機的状況にあります。この特集は、「解釈改憲の歯止めとして新九条が必要」と主張する映画作家の想田和弘氏、ジャーナリストの今井一氏、それとは反対に「現行九条を維持することこそ、暴走する安倍政権の歯止め」と主張する政治学者の杉田敦・法政大学教授、衆議院議員の辻元清美氏、そして伊藤真・法学館憲法研究所所長がそれぞれの意見を戦わせるという実に刺激に富んだ内容となっています。
 まず護憲派の中でも「新九条」を主張する想田氏は、『「新9条」を創る』と題する論考で、「戦争法」の施行で専守防衛の原則から逸脱した自衛隊により憲法9条は「ほぼ死文化」したとし、これが護憲派が直視しなければならない現実ではないだろうかと指摘します。安倍政権は、南スーダンから自衛隊をただちに撤退させるべきだがそうなっていません。「なぜなら9条が事実上死文化し、憲法として権力を縛る拘束力を失っているからである。」
 そこで「私たちは、9条の亡骸を手厚く葬るとともに、心機一転、『新しい9条』を創って、自衛隊の行動に歯止めをかけ、制御する手立てを講じなければならない。『9条護憲派』は『9条創憲派』に生まれ変わらねばならないのだ。」具体的には「自衛隊を憲法上明確に位置付け、その活動範囲を日本列島に限定し、個別的自衛権(交戦権)を保持する。同時に、その根拠が個別的自衛権であれ、集団的自衛権であれ、PKOであれ、自衛隊を海外に派遣することを明確に禁じる」とします。これは自衛隊の活動を厳しく制御する改憲であり、自衛隊にフリーハンドを与えようとする安倍首相らの改憲とは、真逆のベクトルのものと言えるでしょう。

 ジャーナリストの今井一氏は『国民投票は九条を甦らせる』と題し、「明らかに立憲主義も国民主権も侵害されているという状況にあります。『このままずるずると解釈改憲の状態を是認していいのか』と、私は国民投票で一人ひとりの主権者に問いたいわけです」とその意図を明らかにします。
 現実の政治では、憲法破壊というべき状況になっていて、「既に瀕死状態の九条を生き返らせることは難しい」というのが今井氏の認識です。ところが大手新聞などメディアの世論調査では、「九条は変えない方がいい」、つまり九条の本旨である平和主義には賛成だけれども、「自衛隊を戦力として認め、自衛戦争も認める」という人たちが日本人の半数以上いることが分かります。この「九条の本旨と実態との乖離」の現状を変えるのが、国民投票だと今井氏は言います。選択肢は二つです。
 [A]憲法九条は「一言一句変えてはならない」と主張するなら、違憲状態にある自衛隊の「戦力」をなくし、災害救助に特化・再編する。自衛のためであっても戦争(交戦)はしない。
 [B]自衛隊員が侵略に抗するために「人を殺したり、自身が殺されたり」することを認め、強いるのならば、憲法で戦力としての自衛隊の存在を認め、明記する。
 この[B]が「新九条」です。それは「個別的自衛権に限定し、専守防衛に徹し、活動範囲も日本の施政権の及ぶ範囲に限定」され、「九条が本来もつ平和主義に徹するという」目的のものです。「国民、主権者が[A][B]どちらを選んでも、解釈改憲によって損なわれている立憲主義と国民主権を取り戻すことになります。」ここは注目すべき視点でしょう。
 「国民投票によって国民は自分自身の価値観や生き方を問われるでしょう。問われることがなければ、そして悩み考えた上で問いかけに答えなければ、九条は本当に私たちの憲法にはならないと思います。」この国民投票で、国民主権と立憲主義にかなった決着をつけるということなのです。

 政治学者の杉田敦教授は、「九条は立憲主義の原理を示す」と題する論考で、自衛隊を置くことを憲法に明記する「新九条」案に対して、その自衛隊は今までの自衛隊と性格が変わり、「憲法に規定された自衛隊だから『これは軍隊である』と解釈され、軍隊であればアメリカ軍と同様に海外での武力行使ができるのではないか、という解釈が必ず出てきます」と危惧します。つまり「軍事的な運用の幅が相当広がることになるので、決して単に現状を追認したとか、文章化しただけにとどまらない」と指摘。更に、何よりも九条は死文でも空文でもなく、安倍政権や自民党が改憲に意欲的なのは、九条が現に生きているからこそ、それを変えようとしているのだと主張します。すなわち「集団的自衛権まで認めさせた後に、なお、九条を変えようとしているのはなぜか。それは、傷だらけになりながらも九条がまだ生きているからです。それなのに『死んだも同然』だとか、『死んでしまったから新しくするべきだ』というのでは、相手の思うつぼです。」ここは、説得力があります。
 そして「今一度、立憲主義とは何かについて振り返る必要があります」と述べ、日本国憲法がどのような歴史的文脈において生まれたかを再確認します。杉田教授は「政治権力と軍事力の暴走を許した結果、国の内外に多大の損害をもたらした歴史への反省に立って、戦後、制定された九条は、国家主権の根幹とされてきた軍事にかかわる権力を抑制するものです。その意味で、九条というものは、平和主義の原理にとどまらず、立憲主義の原理でもあることを押さえておかなければなりません」と明快に結論付けます。

 衆議院議員の辻元清美氏は、「改憲の中身こそ議論すべき」と題し、「『護憲か、改憲か』という問題の設定がまずおかしいのです。今の憲法で変えるべきところがあれば変えればいい。日本は主権在民で、立憲主義の国ですから」と政治家らしい立場から発言します。つまり憲法のここを変えたらいいという声が国民からたくさん出てきた時、立法府で議論をして国民投票にかけ、変えればいいというのです。
 ところが「私が国会で、『今、国民から憲法のここと変えてくださいという声があがっていますか』と安倍総理に問うても、答えはありません。さらに全ての大臣に『ご自身の所管の政策課題で、憲法を変えないとこれができない、というものがあれば言ってください』と尋ねても、誰も答えられません。ということは、今、憲法を改正する必要はないということです」といかにも辻元氏らしい実践的指摘がなされます。辻元氏自身は「自衛隊は専守防衛の範囲で合憲、個別的自衛権は認めると言うのが私の立場です。」「日本は専守防衛と『世界の赤十字』に徹するべきだと思います」と述べています。「憲法で絶対に武力紛争にはかかわらないと言っている国だからこそ、できる事がある。それが世界の赤十字です。戦後、ここまで平和のブランドを築いてきたのですから。」この「世界の赤十字」というのは魅力的な提案です。

 伊藤真・法学館憲法研究所所長は、「憲法は魔法の杖ではない」と題する論考です。伊藤所長は、自衛隊は「戦力」であり、違憲だと明解です。「そもそも憲法九条2項は、戦力である自衛隊の存在を認めていません。ですから、憲法は武力によらない自衛権を認めているだけであり、集団的自衛権はもちろん、『日本が武力攻撃を受けた時に武力行使で反撃をする』という、個別的自衛権の行使もまた違憲と考えます。」そして、憲法九条が戦争を止めていたし、今でも歯止めになっていると指摘します。現に、朝鮮戦争、ベトナム戦争、アフガニスタン戦争、イラク戦争に参加しないで来ました。もし「九条が死んでいる」のであれば、政府は「限定的集団的自衛権」などと弁解する必要もありませんし、多国籍軍への参加もできますから、PKO5原則も不要になります。安保法制ができても「後方支援」などの限定がかかるのは、「九条が存在し、機能しているからに他なりません。九条は死んでなどいません。」その通りです。
 「憲法は魔法の杖でもなんでもないのに、『憲法の条文を変えれば違憲の実態が止まる』といった思考は、憲法や九条の文言に過大な期待をかけすぎです。」これは新九条を指してのことでしょう。「憲法を変えても実態は何も変わらない。」南スーダンへの自衛隊派遣のことです。「今の憲法下ですら撤退しない人たちが、『新九条』に改憲されたからといって自衛隊を撤退させるとはとても思えません。」
 では、どうしたらいいのでしょう。「実態を変えるのは憲法の条文ではなく、国民の意思です。国民が変わらない限り、実態は何も変わらない。政府に誘導されてどんどん前に行ってしまう。そういう危険性、怖さがあることに気づくべきです。」「国民・市民がもっと憲法を学び、力をつけ、政治家に対して『憲法に書いてある通りに仕事しろ』と言えるようになることの方がよほど重要です。」このあたり肝に銘じたいものです。
 そして結論です。「九条における私の主張は、『違憲状態をなくし、戦力を持たない本来の九条2項の実現を目指す』ということです。」「私は日本を、国家の名の下で、すなわち私たち国民の名で人を殺す国にはしたくない。その方向を目指して努力を続けるべきだと考えています。」

【書籍情報】
2017年1月に市民セクター政策機構から発行された雑誌『季刊 社会運動』425号の特集。定価は1000円+税。
【関連書籍・論文】
山口二郎・杉田敦・長谷部恭男編『立憲デモクラシー講座 憲法と民主主義を学びなおす』(岩波書店)
長谷部恭男・杉田敦『憲法と民主主義の論じ方』(朝日新聞出版)
伊藤真『赤ペンチェック 自民党憲法改正草案』(大月書店)






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