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書籍『国のために死ぬのはすばらしい?—イスラエルから来たユダヤ人家具作家の平和論』

M.I

 多くの日本人には珍しいイスラエル出身者の話です。日本人にとり、イスラエルと言えば中東問題の一方の相手方で、アラブ諸国との対立や、ナチスによるホロコーストなどがその知識のほとんどでしょう。まずイスラエルでは子どもたちがどのような教育を受けて育っていくか興味津々です。
 著者は1957年にイスラエル中部のクファー・ビトキンで生まれました。著者の祖父母の世代は、1948年のイスラエル建国前に移民してきた人々でした。当時はイギリスの統治下で、「パレスチナ」と呼ばれる地域でした。1948年のイスラエルの独立で、それまでパレスチナに住んでいたアラブ人はどうなったのか。イスラエルは独立とともに418のアラブ人の村々を破壊し、そこに住んでいた60〜76万もの人々は殺されたり、隣国に流出して難民となりました。その後、イスラエル政府は村々の痕跡を徹底的に消し去り、人々の意識・記憶からもアラブ人の村が存在したことを消し去ってしまいました。この建国の経緯はアメリカ合衆国を彷彿とさせます。
 イスラエルの子どもたちが就学前から教え込まれる二つの物語があるそうです、一つはローマ帝国がユダヤ人をイスラエルから追い出したとき、追放を逃れた900人のユダヤ人がマサダ要塞で抵抗を続け、集団自決した話です。これは「国民の歴史」ともいうべき物語で「戦争とは勝つか死ぬか、たとえ自殺しても敵に降伏しない」とたたきこまれます。もう一つの国民の物語は、1920年にイスラエル北部のテルハイでアラブ人と戦って死んだリーダーのヨセフ・トルンペルドールの死ぬ間際に言ったとされる「国のために死ぬのはすばらしい」という言葉です。イスラエルの小学校では、毎年「テルハイの日」という学校行事があり、子どもたちはこの行事の一週間前から準備を始め、教室の壁に巨大な横断幕を掲げるそうです。その横断幕のスローガンが「国のために死ぬのはすばらしい」なのです。
 著者が小学4年生だった1967年、第三次中東戦争(六日戦争)が勃発します。イスラエルはたちまちゴラン高原、ヨルダン川西岸地区、ガザ地区、シナイ半島を占領します。学校の先生たちは、軍を褒め称え、高揚した様子で、「この戦争によってイスラエルは聖書で約束された土地に戻れた」と生徒に語ります。このあたり日本人にはわからない感覚です。
 イスラエル国民は高校卒業後18歳で入隊し、男性は3年、女性は2年の兵役につきます。退役後も男性は年に1ヵ月の予備役が45歳まで続きます。高校3年の時には、カリキュラムの一環として軍隊見学があり、またアウシュビッツの見学もあります。このアウシュビッツの見学も「このような悲劇が二度と起きないためにもイスラエルの軍事力が大切だ」という洗脳教育の道具にされてしまうようです。
 高校を卒業、入隊した著者はパイロット養成コースへ所属し、訓練に明け暮れます。最終的にパイロットにはなれませんでしたが、19歳の著者は、戦闘機を使いこなすことでイスラエルの子どもたちが安心して眠れると信じ、近隣諸国の子どもたちが安心して眠れなくなることを想像できませんでした。国家の"洗脳"に染まることはごく簡単なことだと著者は言います。

 さて退役後、著者はバックパッカーとしてアジア各地を放浪し、日本に来ます。自宅のログハウスを自力で建設、注文家具などの職人として現在に至ります。その間、2008年12月から翌2009年1月にかけて、イスラエル軍のガザ侵攻があり、子ども450人を含む1400人のパレスチナ人が犠牲となります。その6年後の2014年のガザ攻撃では、577人の子どもを含む2208人のパレスチナ人が死に追いやられます。祖国イスラエルは平和を望んでいる国だという著者の認識が遂に変わります。著者は「平和への思い」と題した講演活動を始め、イスラエルの人々に向けての同タイトルのブログをヘブライ語で書き始めます。
 そして「3.11」が来ます。著者の言葉です。「『3.11』を経験して、戦争が日常の国に生まれた私は、祖国のメディアと同じように都合の悪い情報を隠そうとする日本のメディアだけでなく、この国に巣くう二つの産業の存在を強く意識するようになった。それは軍需産業と原発産業である。この二つの産業の共通点とは、少しの人の利益のために大勢の人が犠牲になることである。」「防衛費に国家予算の二割を割き、『国民のいのちを守る』と大言壮語しているイスラエル政府も、ひとたび戦争が起きると国民や日常生活を100パーセント守りきれるとはとても言えない。平和のために努力をせず、軍事費にさらに予算をまわすイスラエル。クリーン・エネルギーに移らずに原発再稼動を進める日本。戦争も原発事故も、犠牲が出た際の合い言葉は『次回は安全』だ。」
 著者は知り合いらと「原発とめよう秩父人」を立ち上げます。

 第二次世界大戦中のホロコーストでは、著者の多くの親族を含む600万人のユダヤ人が虐殺されました。1961年、数百万の人々を強制収容所へ移送する計画の中枢を担っていたアドルフ・アイヒマンが潜伏先のアルゼンチンからイスラエルの諜報機関モサドによって拘束、連行され「アイヒマン裁判」が開かれます。翌年にアイヒマンの死刑が執行されます。当時の外務大臣ゴルダ・メイア(後に首相)の発言が、その後のイスラエル人の認識を変えたと著者は指摘します。その発言です。「私たちがされたことが明らかになった今、私たちが何をしても、世界の誰一人として私たちを批判する権利はない」。この発言の影響が現在まで続き、イスラエル人は、パレスチナ人への加害責任を一切考えられなくなっているし、"殺し"に慣れてしまったように思うと著者は指摘します。「世界の誰一人として私たちを批判する権利はない」。究極の被害者意識とも言えますが、聖書の言葉「復讐するは我にあり、我これに報いん」を完全に間違えています。

【書籍情報】
2016年12月に高文研から発行。著者はダニー・ネフセタイ。定価は1500円+税。





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