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書籍『日本の近代とは何であったか—問題史的考察』

M.I

 来年の2018年は、「明治150周年」とのことで、山口県(長州)や鹿児島県(薩摩)では、イベントが企画されているようです。明治150年ならば、近代日本150年とも言えるわけですが、本書は改めて日本の近代とは何であったかを考える良い機会となる一冊です。
 著者は、まず「近代」をマルクスと同時代人のイギリスのジャーナリストであるバジョットの定義から語り始めます。バジョットによれば、「近代」の中心となる概念は「議論による統治」です。「前近代」の「慣習の支配」から人類を解放したのが「近代」の「議論による統治」でした。この定義から本書は、第一章「なぜ日本に政党政治が成立したか」、第二章「なぜ日本に資本主義が形成されたのか」、第三章「日本はなぜ、いかにして植民地帝国となったのか」、第四章「日本の近代にとって天皇制とは何であったのか」と、近代日本の四つの成り立ちを考察しています。

 第一章「なぜ日本に政党政治が成立したか」では、まず日本の立憲政治の導入から考察されます。著者によれば、明治国家にとってのアンシャン・レジームである幕藩体制の中に、明治国家体制の枠組としての立憲主義を受け入れる準備がされていたとのことです。例として複数の老中、若年寄などの合議制、月番制が、権力の集中を抑制する仕組として幕府の政治的特質だったことが挙げられます。更に権力分立制も幕末の開国に伴う危機的政治状況の中で、徳川慶喜のブレーンであった西周により準備されていたことが明らかにされます。また薩長など雄藩連合も、大政奉還後の政治体制として予定していたのが議会制でした。明治を待たず幕末日本で「慣習の支配」から「議論による統治」への歴史的移行がなされていたという立証は読み応えがあります。

 第二章「なぜ日本に資本主義が形成されたのか」は、主な産業が農業しかなかった日本の成長物語として読ませます。殖産興業の中心だったのが大久保利通です。大久保のリーダーシップは驚異的でした。ほとんど独力で政府主導による世界市場に適応しうる資本主義的生産様式を造り出していくのです。先進産業技術の導入、資本主義化を促進するための財政的基礎の確立としての地租改正、資本主義を担う労働力の育成としての公教育制度、そして特筆すべきなのが資本蓄積を妨げる資本の非生産的消費としての対外戦争の回避、すなわち対外平和の確保でした。ここのあたりは学校では教わりませんでした。興味深い例として、米大統領職を退いたグラントが日本に来て明治天皇に外債(海外からの借金)への非依存や日清間の非戦を忠告している点が挙げられています。大久保も西郷隆盛から「和魂の奴原」(平和好きの連中)と罵倒されているほどでした。しかし、歴史は明治天皇が「臣下が起した戦争」と断じたという日清戦争に始まり、日露戦争に至り、日本は国際的資本主義という外債依存国家となって行きます。

 第三章「日本はなぜ、いかにして植民地帝国となったのか」では、アジアにおいて歴史上最初の、そして唯一で最後の植民地を領有する国家となった日本が語られます。ここで日本の植民地となった台湾、そして朝鮮が、立憲政治、「法の支配」が及ばない非立憲的な政治空間であったことが指摘されます。現在の日本人でも忘れていることです。憲法学者の美濃部達吉は、この憲法の及ばない植民地を「異法区域」あるいや「特殊統治区域」と呼びました。

 第四章「日本の近代にとって天皇制とは何であったか」も興味深い章です。伊藤博文が憲法起草の際に、天皇をヨーロッパにおいてキリスト教が果たしている「国家の機軸」として考えていたことはよく知られています。ヨーロッパ的近代国家を日本に造る時、ヨーロッパ的近代国家が前提とした「神」にあたるものが神格化された天皇でした。しかし、明治憲法における天皇は定義上「立憲君主」でした。そこで憲法を超えた「神聖不可侵性」を体現する天皇の超立憲君主的性格を積極的に明示したのが「教育勅語」だったと著者は指摘します。大日本帝国憲法の下で国務大臣の副署がない例外的な詔勅が「教育勅語」でした。
 現在、国会でも話題になった教育勅語ですが、本書では教育勅語の成り立ちがよくわかります。面白いことに教育勅語の必要性は地方長官(府県知事)たちから要請されます。彼らによれば「智育を主と」する当時の学制は「徳育」に欠け、学童生徒の秩序意識が弱まり、反秩序意識が強まっているとされます。そこで地方長官たちの問題提起を得て、山県有朋内閣は学童生徒のために一篇の「箴言」を与え、これを日夜誦読させ、心に銘記させる措置を施すべきことを閣議決定します。これが教育勅語となったのです。それは道徳の本源が「皇祖皇宗」(天皇の祖先)に求められ、道徳は「皇祖皇宗」の「遺訓」として意味づけられます。著者によれば「一般国民に対して圧倒的影響力をもったのは憲法ではなく、教育勅語であり、立憲君主としての天皇ではなく、道徳の立法者としての天皇でした。『国体』観念は憲法ではなく、勅語によって(あるいはそれを通して)培養されました。教育勅語は日本の近代における一般国民の公共的価値体系を表現している『市民宗教』(civil religion)の要約であったといってよいでしょう。」

【書籍情報】
2017年3月に岩波書店から発行(岩波新書)。著者は三谷太一郎東京大学名誉教授。定価は880円+税。
【関連書籍・論文】
山口二郎・杉田敦・長谷部恭男編『立憲デモクラシー講座 憲法と民主主義を学びなおす』(岩波書店)




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