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書籍『「天皇機関説」事件』

M.I

 ポツダム宣言に次の一節があります。「日本政府は、日本の人々の間に民主主義的風潮を強化しあるいは復活するにあたって、障害となるものは排除する。」民主主義的風潮の「復活」とあることから、連合国は、戦前の日本に「民主主義的風潮」があったことを知っていたことになります。当時の多くの日本人が信じ込んでいた「神国日本」「軍国日本」以外の日本があったのです。それは、明治日本の創設者の一人であった伊藤博文も認識していた「立憲主義」の日本でした。著者によれば「先の戦争における日本の内外での悲劇は、日本国内の政治制度において『立憲主義』という安全装置が壊れたことによる、史上空前の規模で発生した『大惨事』であったと見ることも可能です。」この「安全装置」を壊した事件こそ「天皇機関説」事件だったのです。

 天皇機関説とは、憲法学者の美濃部達吉の唱えた当時の正統的な学説で、日本という国家を「法人」と見なし、天皇はその法人に属する「最高機関」に位置するという解釈でした。天皇の持つ様々な権限(権力)は、個人としての天皇に属するものではなく、あくまで大日本国憲法という諸規則の範囲内で、天皇が、「国の最高代表者」として行使するものだという考え方です。
 1935年2月、帝国議会貴族院本会議において男爵でもある元軍人の菊池武夫議員が、この天皇機関説を「我が皇国の憲法を解釈いたします著作の中で、金甌無欠(きんおうむけつ、完璧で一分の欠けもない)なる皇国の国体を破壊するようなものがございます」と批判します。松田源治文部大臣は、天皇は国家の主体なのか、天皇は国家の機関なのかという論議は、学者の議論にまかせておくことが相当(妥当)ではないか、と答弁しますが、菊池は天皇機関説の学者は「学匪(がくひ、学問を犯罪に利用する極悪人)」とまで罵倒します。岡田啓介首相も文相と同様に、学説の問題は学者に委ねるべきだと答弁します。
 当時は貴族院議員でもあった美濃部達吉は「一身上の弁明」を行い、片言隻句を切り取って曲解するのではなく、ちゃんと美濃部の著書を読んでから非難すべきと指摘し、天皇機関説は30年来すでに主張してきた憲法学における平凡な真理であることを説明します。この「一身上の弁明」を美濃部が終えた時には、一部の議員たちから異例の拍手で迎えられました。

 ところが、軍人出身の議員たちは3月に再び天皇機関説問題を蒸し返し、「今日、満州事変(1931年)を契機とし、全国民の意識が皇国精神に充ち満ちている時において」天皇主権説を排し、機関説を維持するのは重大問題だと再批判します。衆議院においても美濃部説は「天皇の大権を干犯する妄説」と批判され、遂に美濃部の著作内容は不敬罪に該当するとして検事局に告発されます。
 肝心の昭和天皇は美濃部の天皇機関説は妥当な解釈であると認め、「もし、主権は国家にあらずして君主にあり、とするなら、専制政治の誹りを招く」とも述べていました。しかし、大日本帝国時代の日本軍は、皇軍、すなわち「天皇の軍隊」という役割を与えられており、そこで共有される絶対的大義とは、とりもなおさず「天皇のために戦い、天皇のために死ぬ」というものでしかあり得ませんでした。軍人にとっては戦場で命を捧げる天皇は絶対的に崇高な存在です。ここに機関説の入る余地はありません。軍部や右翼などの国家主義者は天皇機関説総批判を行い、野党の立憲政友会もこの騒動を岡田内閣打倒に利用します。遂に美濃部の憲法の著作は発禁処分となります。これを機に国粋主義的風潮は一気に高まり、天皇は神(天照大神)の子孫であり、日本を万邦無比の国であるとする「国体」が強調され始めます。

 1935年8月3日、岡田首相は「国体明徴声明」の発表に追い込まれます。その内容は次のようなものでした。「恭しく考えをめぐらせてみるに、我が国体は天孫(天照大神の孫、天皇の先祖)降臨の際に下し賜える御神勅(神のお告げ)によって明示されたように、万世一系の天皇が国を統治され、宝祚(ほうそ、皇位)の隆(繁栄)は天地と共に窮めなし(永遠)。それゆえ、憲法発布の御上諭(天皇の裁可を受けた文書)に『国家統治の大権は朕がこれを祖宗(歴代の君主)より継承してこれを子孫に伝える所なり』と宣下され、憲法第一条には『大日本帝国は万世一系の天皇これを統治す』と明示されている。このように大日本帝国統治の大権(統治権)は、厳として天皇に存することは明らかである。」これでは近代国家も何もありません。
 本書は、昭和史や憲法の書籍には触れられていても、一般市民向けの概説書はなかった「天皇機関説事件」の手頃な教養書と言えます。

【書籍情報】
2017年4月に集英社から発行(集英社新書)。著者は戦史・紛争史研究家の山崎雅弘氏。定価は760円+税。




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