法学館憲法研究所は、憲法を系統的に研究し、個人の尊厳の実現をめざす非政府組織としての自由な研究機関です

法学館憲法研究所

Mail info@jicl.jp
 
今週の一言
憲法情報Now
 憲法をめぐる動向
 イベント情報
 憲法関連裁判情報
 シネマ・DE・憲法
 憲法関連書籍・論文
 ■今日は何の日?
憲法Voice
研究所・客員研究員紹介
中高生のための憲法教室

憲法文献データベース
日本国憲法全文
リンク集
 
事務局よりお知らせ
賛助会員案内
メールマガジン
ご意見フォーム
サイトマップ

憲法情報Now<憲法関連書籍・論文>

 

特集『ヘイトスピーチ/ヘイトクライムV—ヘイトスピーチを止められるか』

S.K

 2016年6月3日に「本邦外出身者に対する不当なヘイトスピーチの解消に向けた取組みの推進に関する法律」(以下解消法)が施行されてから1年間半余りが経過しました。本特集では、ヘイトスピーチ規制の現状と課題を学者・実務家が多面的に考察し根本的解決のための規制のあり方を提示しています。
 小谷順子・静岡大学教授の「人種差別主義に基づく憎悪表現(ヘイトスピーチ)の規制と憲法学説」では、まず、憲法論では表現の自由への配慮から規制は慎重にならざるを得ないことや、憎悪表現の特異性から規制が可能であることなど、ヘイトスピーチ規制一般についての考察。そして解消法成立に至った背景、解消法の概要・特色の解説がなされています。その上で、憎悪表現を直接違法化、禁止する規制の必要性と憲法学説上許容されうる規制についての検討がなされています。
 金尚均・龍谷大学教授の「刑法改正、ヘイトスピーチ解消法改正の可能性」では、ヘイトスピーチの本質を明らかにし、ヘイトスピーチに対する合憲的刑事規制について検討しています。
 まず、ヘイトスピーチ規制のきっかけとなった京都朝鮮第一初級学校に対する襲撃事件を紹介し、本件に関する民事訴訟において京都地裁・大阪高裁が、人種差別撤廃条約違反を不法行為の悪質さの根拠として間接適用して加害者側に1226万円の損害賠償を命じたこと、この判決が嚆矢となって人種差別撤廃のための立法が検討され、解消法が成立したことなどが解説されています。
 続いて、街宣活動・デモ禁止の仮処分が認められた3つの事案を紹介し、実際のヘイトスピーチがどのように行われるのかを示した上で、解消法に照らし法的にどのような対応ができるのか、解消法の意義と不十分さを浮き彫りにしています。ここで金教授は、ヘイトスピーチの本質は「属性を理由とした同じ対等な人間であることの否定」にあり、民法上、刑法上、特定個人の人格権侵害のみを対象とする限り、不特定多数の人々に向けられたヘイトスピーチは何ら法的規制の根拠が見いだせず野放しになってしまうと指摘しています。また、ヘイトスピーチは歴史的な差別と偏見から発せられる「人間の尊厳」に対する攻撃で、今も残る差別の固定化と社会的排除を企図するとも述べています。
 金教授はさらに、諸個人に対するヘイトスピーチについて、個人的法益に対する侵害・危険の有無の見地から、現行の名誉保護刑法と関連させながら、ヘイトスピーチの本質を重視した法的規制の可能性を丁寧に検討しており、解消法の具体的改正案の提示までしています。
 秋葉丈志・国際教養大学准教授の「差別と公人・公的機関の役割『平等』と『個人の尊厳』の実現のために」では、アメリカを例に公人・公的機関の言動が人種差別の助長にも解消にも大きな役割を果たし得ることを明らかにしています。公人・公的機関による差別的言動を戒め、差別の解消に向けた積極的な取り組みを求める法的根拠とヘイトスピーチ解消法の運用上の課題を指摘しています。
 反ヘイト条例等の検討状況としては3本の論稿が掲載されています。
 まず、田島義久弁護士の「『大阪市ヘイトスピーチへの対処に関する条例』の運用状況と課題」では、大阪市の条例が紹介され、課題として慎重な審査のため多くの案件が滞留している現状や、ヘイトスピーチを行ったものの氏名等の公表に必要な、氏名情報取得の課題などが指摘され、具体的な対策が提案されています。
 師岡康子弁護士の「川崎市によるヘイトスピーチへの取組みについて—公共施設利用ガイドラインを中心に」では、川崎市における取組みの経過と、施設利用制限のガイドラインの概要、その意義と課題について解説されています。川崎市の施設利用制限のガイドラインは、地方自治法244条の「公の施設」の判断基準として日本で初めて策定されたものです。泉佐野市市民会館事件最高裁判決を参考に策定されたと考えられる「迷惑要件」については削除すべきとの指摘がなされていますが、ガイドラインは緊急措置であり、川崎市は市民、議会と行政が協力して多様なヘイトスピーチ対策を進めており、全国の地方公共団体のモデルとなっており、早急な人種差別撤廃条例制定が望まれていると紹介されています。
 中村英樹・北九州市立大学教授の「ヘイトスピーチ解消法を受けた地方公共団体の取組みと課題」では、解消法における地方公共団体の位置づけを明確にし、公共施設利用について泉佐野市市民会館事件判決の基準がヘイトスピーチ規制のための基準として適当かどうかなどが検討されています。
 裁判実務からは、上瀧浩子弁護士の「反ヘイトスピーチ裁判—李信恵さんの2つの裁判をめぐって」が掲載されています。
 李信恵氏は、街頭宣伝やTwitterで李氏に執拗な誹謗中傷を繰り返した「在特会」の当時会長と「在特会」に対する損害賠償請求と、李氏を誹謗中傷するインターネット上の書込みを転載した「まとめ」記事のブログを作成した「保守速報」の管理人に対する損害賠償請求を求める裁判を提訴して勝訴しています。本稿では、これらの訴訟でみとめられた「複合差別」と、インターネット上の差別の特質が詳しく解説されています。その上で、今後の課題として、損害賠償額の高額化、事前防止措置、ヘイトスピーチで利益を上げる経済構造とこれに対する法的対応についての検討の必要性が指摘されています。
 いまなお残るヘイトスピーチ・ヘイトクライムを止めるために必要な提言の詰まった一冊です。

【書籍情報】
日本評論社が発行する雑誌『法学セミナー』2018年2月号の特集。定価は1400円+税。

【関連書籍・論文】
特集『ヘイトスピーチ/ヘイトクライム—民族差別の被害の防止と救済』(法学セミナー2015年7月号)
特集『ヘイトスピーチ/ヘイトクライムU—理論と政策の架橋』(法学セミナー2016年5月号)
ヘイトスピーチ関連 法学館憲法研究所


[今週の一言][憲法情報Now][中高生のための憲法教室][憲法文献データベース][事務局からのお知らせ]
[トップページ]