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憲法情報Now<憲法関連裁判情報>

 

中国「残留孤児」訴訟(10)―東京地裁判決

T・O記

入廷行進

旗出し

2007年1月30日、東京地裁において、中国「残留孤児」訴訟に対する判決の言い渡しの日です。私は、判決言い渡しの50分ほど前に裁判所前に到着しましたが、すでに多くのメディアが集まっており、本件への注目度の高さが伺われました。また原告や支援者らが傍聴券を求めて400人以上が列を作りました。残念ながら私は傍聴券を引き当てられなかったので、裁判所前で判決を待ちました。

そして1時30分、いよいよ判決の言い渡しです。判決に対する旗出しを、裁判所の前で緊張しながら待っていました。5分ほどして、弁護士が旗を持って走って来ました。そして掲げた旗には「不当判決」の文字。メディアが一斉に写真を撮ります。判決を知った「残留孤児」の一人が、「いつまでいじめるの?もう死んじゃうよ」と大声で叫んでいるのが聞こえました。別の「残留孤児」は憤慨した様子で、裁判所の中に入ろうとして、支援者の人たちが必死で止めている姿も目に入ってきました。後から聞いたところによると、この「残留孤児」は、「もうどうなってもいいから裁判所に殴りこむ」と言っていたようです。判決直後の裁判所前は、本当に混乱していました。

さて、判決の概要ですが、以下のような内容になっています。

まず裁判所は、満州国の守備に当たっていた関東軍が、ソ連の侵攻に際して、その事実を満州移民らに知らせることなく、先に逃げてしまったがために、逃げ遅れた移民の中から「残留孤児」が生まれてしまったことについて、法的な因果関係を否定しました。加えて、関東軍は満州移民を直接守ることをその任務としていないとも述べています。つまり、軍は国民を守る必要はなく、軍が国民を守らなかったことによって損害が発生しても、それは軍の責任ではないという論理です。

さらに、「残留孤児」の発生は、ソ連の侵攻からの逃避行にあり、帰国が遅れたのは、親が中国人に預けたり、連れ去られて中国人に売られたりするなどによってであると認定しました。つまり、ソ連の侵攻と、中国人が「孤児」らを引き取ったことが悪いというわけです。そして、それ故に、日本政府には責任が発生しないことになります。


記者会見

早期帰国実現義務についても、これを否定しました。まず日中国交回復以前については、何もすることができないとしました。1972年の国交回復後について、中国との協力により、帰国をさせ被害の発生を回避できる可能性が高まったことは認めました。しかし、「残留孤児」となって26年が経過しており、その間に「残留孤児」たちは中国社会の構成員として成長していて、「普通の日本人」として成長する権利の中核部分につきすでに損害が発生しているから、政府が行うことの出来たのは、損害の発生ではなく、すでに発生した損害からさらに派生する損害を回避することにすぎないとしました。さらに裁判所は、原告らの損害に対して、いわゆる「国家無答責」により、政府には賠償責任が発生しないことや、原告らの損害が「戦争損害」であることにも言及し、政府の早期帰国実現義務を否定しました。

帰国に際して、政府がそれを妨げるような行為をしたかどうかについて、原告らは、戦時死亡宣告、身元保証制度、身元引受制度などにより、帰国が困難になったと主張していましたが、裁判所は、入国管理には行政裁量があること、さらに日本語ができず日本文化や生活習慣にも慣れていない「残留孤児」とその家族が一挙に大量に入国すれば、日本社会への定着が困難になり、国内で混乱も生まれ、加えて財政的措置に対しては世論の賛同も得られなかった可能性があるとして、政府の帰国妨害を否定しました。

帰国後の自立支援について、早期帰国実現義務がないとしていることなどから、それも否定しました。また、すでに政府が行っている施策についても、原告らに対し看過できないほどの損害があるとは認められず、違法・不当と評価できるほどのものではないとしました。そして、原告らの請求を棄却しました。

これ以上ないと言っていいくらいの不当判決でした。

まず、「残留孤児」発生の原因を、ソ連の侵攻や、中国人らが子どもたちを引き取ったことに求めています。しかし、孤児が発生した原因が、満州国建設・移民政策・関東軍による民間人の置き去りなどにあることは、神戸判決も認めている通りです。東京地裁の判決は、この歴史を歪曲するものと言えるでしょう。

国交回復前には、政府は何もできなかったというのは、まさに政府の無能さを指摘しただけであるように読めます。国交回復後については、すでに損害が発生しているのだから手遅れだと言っているように解されます。しかし、裁判を通じて、帰国が早ければ早いほど、自立した生活を営むことができていることは、原告らが立証しています。1972年に帰国していれば、今ほど生活保護に頼る人も多くなかったと考えられます。

また、日本語を解さず、日本文化や生活習慣に慣れていない「残留孤児」やその家族の大量帰国は日本国内に混乱をもたらす可能性が指摘されていますが、この点も疑問があります。日本は1979年から数年間にわたって、1万人以上のインドシナ難民を受け入れました。しかし大きな混乱はありませんでしたし、財政的措置への批判もありませんでした。そう考えると、「残留孤児」を受け入れることによる混乱や財政的措置への批判の可能性は窮めて低いと考えられます。

裁判所は、「残留孤児」らの損害を「戦争損害」とも言っていますが、これも誤っています。確かに「残留孤児」らの被害は、戦争に起因していると言えます。しかし、むしろ被害を拡大させたのは、政府が「残留孤児」らを中国に置き去りにしたことや、戦時死亡宣告や身元保証制度など、帰国を困難にする政策をとったこと、帰国後も十分な支援をしなかったことなどにあります。これらを通常の戦争損害と同視することはできないでしょう。そして以上のように考えれば、政府には、「残留孤児」たちに対し、帰国後の自立支援義務があったといえるはずです。

東京地裁の論理によるならば、「北朝鮮」による拉致被害者への支援も不要なものになるはずです。拉致被害者は、「北朝鮮」政府によって拉致されたのであり、日本政府の行為によるものではありません。「北朝鮮」とは国交がありませんから、政府には何もできません。被害発生から何年も経っており、とりわけ拉致被害者の子どもたちは日本語を話すこともできないし、日本文化や生活習慣にも慣れていないでしょう。にもかかわらず、政府は拉致被害者に対し、厚い支援を行っています。だとすれば、なぜ中国「残留孤児」らにはこうした厚い支援がなされないのか、合理的な理由は見出しがたいように思えます。

判決後、弁護士会館のクレオで記者会見が開かれました。弁護団長の鈴木經夫弁護士は、「これ以上ひどい判決は誰にも書けない」と判決を強く批判しました。また全国弁護団連絡会の代表である小野寺利孝弁護士は、人間性を回復させる闘いを続けようと呼びかけつつ、声を震わせながら、「悔しくて胸が張り裂けそうだ。弁護士になってこんなに悔しい思いをしたことはかつてないほどだ」と語りました。原告団代表の池田澄江さんは、判決に対し、「これが『美しい国』なのか。団結して最後まで闘う。心をひとつにして前向きにがんばりましょう」と怒りをあらわにしながら述べました。


あいさつする池田さん

午後6時半からは、日比谷公会堂で判決報告集会が開かれ、多数の原告・支援者らが参加しました。そして原告の挨拶や弁護士による判決の報告と解説のほか、自民党・公明党・民主党・共産党・社民党など各政党の議員らも集会に駆けつけ、「残留孤児」に対する支援に取り組む決意を表明しました。

判決翌日には、原告団代表と安倍首相が面談し、安倍首相は、「残留孤児」らに対する施策に不十分な点があったことを認め、新たな対応策を考えていく考えを表明しました。他方で、政府による支援策の検討と訴訟は別であるとして、原告らは、2月7日、東京高裁に控訴をしました。

当研究所では、今後も本件訴訟を引き続きレポートしていきたいと思います。

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