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中国「残留孤児」訴訟――(5)

T・O記

2005年6月1日、中国「残留孤児」訴訟の口頭弁論が東京地裁で開かれました。裁判を傍聴しようと、原告・支援者が傍聴券を求めて長い列を作りました。幸い、私も傍聴券の抽選に当たり、裁判を傍聴することができました。

この日は、裁判官の構成が変わったため、更新弁論がなされました。その際、原告2名と弁護士5名が意見陳述を行いました。

最初に意見陳述をした清水宏夫さんは、どのようにして孤児となったのか、また中国でどのような生活を送ってきたのか、日本へ帰国してからどのような生活をしてきたのか、といった点について意見陳述しました。

その中で、清水さんは、中国の日本大使館に手紙を送ったところ、大使館からの手紙には、「あなたの親戚が長野県にいるから、直接連絡をとってください」と言われ、日本語をしゃべることのできない清水さんに対して、国は積極的に手を貸そうとしなかったこと、帰国に際して身元保証人を要求されたこと、戸籍があったにも関わらず、1984年まで、外国人登録をして、毎年一年間の在留許可を得なければならなかったことなどを述べました。

また、日本語をきちんと学ぶ機会もないまま、職業訓練学校へ通い、ようやく日本語になれてきた頃、肺結核を患って職を得る機会を失ったこと、その後、自動車部品の加工をしている会社に就職できたけれど、45歳を超えていたため、正社員として採用されず、給料は正社員の8割にとどまったことなどを述べました。

こうしたことから、多くの孤児たちが生活に困窮し、生活保護を受けています。長い間中国で生活していたため、年金もわずかしかもらえない状況にあります。そこで彼らは国会請願を行いましたが、審議もされないまま不採択とされました。そして絶望感にかられ、最後の手段として裁判を起こしたのです。清水さんは、最後に、「普通の日本人として、人間らしく生きること」ができるようにしてほしい、と訴えました。

続いて、紅谷寅夫さんが、通訳を介して意見陳述をしました。紅谷さんは、敗戦の混乱の中で、ソ連兵に襲撃を受け、所属していた開拓団のほぼ全員が死亡しました。幸いにも生き残った紅谷さんは、中国人夫婦に育てられました。

日中国交が正常化した1972年に書いた手紙をきっかけに、東京にいた姉と連絡が取れ、帰国することになりました。紅谷さんはすでに結婚しており、子どももいましたが、厚生省は、紅谷さん本人の旅費しか出してくれなかったため、やむを得ず家族を中国に残したまま、一人で日本へと帰国しました。

帰国後、国は、住居・仕事・日本語教育などについて、何らの援助もしませんでした。そのため、紅谷さんは、日本語などを勉強する間もなく、働き続けるしかありませんでした。3年かかって、ようやく家族を日本へ呼び寄せることができました。

紅谷さんは、「残留孤児」の中ではかなり早期に帰国しています。しかし、働くことに追われて日本語を勉強する機会がなく、今でもほとんど日本語を話すことができません。年金も月10万円ほどで、老後の生活に不安があるといいます。紅谷さんも、清水さんと同様、「普通の日本人としての生活」を求めていると訴えて、陳述を終えました。

原告2名の意見陳述に続いて、弁護士が意見陳述を行いました。まず清水洋弁護士が、全国で提起されている「残留孤児」訴訟の意義について、意見を述べました。

清水弁護士は、訴訟提起前に、「残留孤児」たちが、署名活動・国会請願を通じて、老後の保障を求めてきましたこと、それがかなわなかったこと、そのため、全国に2500名ほどいる「残留孤児」の約7割が生活保護を受給している事実を指摘しました。そして、そうした状況に耐えかね、全国で訴訟が提起され、今後予定されている訴訟を含めると、全国にいる「残留孤児」の8割に当る2000名が訴訟に参加することを指摘しました。そして、その背景には、人間性を踏みにじるような冷たい祖国の政策に対する「孤児」の共通の怒りと、現在の生活の困窮、そして老後への不安があることを指摘しました。

また、「孤児」の共通の怒りのもとは、三度にわたる国の「棄民」政策にあるとしました。つまり、一度目は、敗戦に際し老人、女性、子どもを中国の地に置き去りにし、「残留孤児」を生みだしたこと。二度目は、「残留孤児」の存在を認識しながら戦時死亡宣告の特別立法により「死者」扱いし、以後身元調査、帰国援助等の政策を一切打ち切ったこと。三度目は、戦後約40年を経て永住帰国が本格的になっても、適切な自立支援策がないまま、日本語の習得が不十分な状態で就労を急かされ、低賃金・現場の重労働の仕事にしか就けずに、年をとれば年金もなく生活保護に追いやったこと、です。

さらに清水弁護士は、「残留孤児」たちの要求が人間性の回復と老後の生活が安心して暮らせるよう保障されることを指摘しました。彼らは、中国では日本人扱いされ、日本では中国人扱いをされました。言葉の壁のため、団地や職場で孤立し、家に閉じこもる者も少なくありません。また、生活保護を受けているため、養父母の見舞いや墓参りも行けません。

また、この訴訟には、日本政府に遺棄された後の中国での過酷な体験を共通にするだけでなく、帰国しても、日本政府の冷たい施策のもとで、自分が持つ能力・資格が生かされず、差別・否定され、普通の日本人として生きる条件を奪われてきたことに対する「残留孤児」たちの怒り、悔しさが共通の原点にあること、だからこそ、全国の「残留孤児」たちは、この国家賠償請求訴訟を「人間回復の闘い」と位置づけていること、を指摘しました。

裁判官に対しては、「残留孤児」問題を根本的に解決する上で、「残留孤児」の発生から現在に至る歴史経過とその社会的特性を踏まえ、もともと何ら本人に責任はなく、ただ日本の違法な政策が生んだ犠牲者であるとの認識をもつことが大前提とされるとし、その理解を得るためにも、十分に適切な審理を尽くすことを望む、と結びました。

続いて、井上聡弁護士が、「残留孤児」が生まれた原因や、国の早期帰国義務違反、自立支援義務違反など本件訴訟に係る「事実論」について意見陳述を行ないました。その中で井上弁護士は、国が、1957年1月1日現在において、中国には「6〜7千名以上1万人以下」の未帰還者が生存していることを認識しつつも、留守家族手当の打ち切りの必要性という財政上の理由や政策的判断を優先し、未帰還者の「最終処理」を図るため、1959年に、未帰還者特別措置法を制定し、同法施行時2万人強とされていた中国の未帰還者のうち実に7割弱にあたる約1万4千人が、1976年12月末日までに戦時死亡宣告を受けたことを指摘しました。そして、未帰還者特別措置法が、未帰還者の最終処理を急ぐための制度であって、未帰還者を大量に「死亡」処理し、その数を激減させることにより、未帰還者に対する調査究明及び帰還促進を放棄するとともに、引揚問題・未帰還者問題は終了したという認識を広く世間・一般社会に広め、残留邦人の調査・帰還に幕引きを図った、と指摘しました。

また、1972年の日中国交回復後、「残留孤児」たちが帰国を希望していたにもかかわらず、積極的な措置をとらないまま、本人や親族に責任を転嫁したことを指摘しました。その上で、政府が「残留孤児」の調査究明を行い、帰国の手続などを早急に取るべきであったと主張しました。さらに、帰国に際して身元保証人を要求したことについて、そのために帰国が困難になった「残留孤児」たちが出てしまったことを厳しく批判しました。

また、帰国後の支援策が不十分だったために、日本語を十分に取得できなかったこと、そのために就職にも苦労し、就職できたとしても、賃金が安く、年金も不十分なため、生活に困窮している事実を指摘しました。そして「残留孤児」たちが高齢化していることから、早期の解決を求めました。

続いて、米倉洋子弁護士が、原告の「残留孤児」たちが、これまでどのような人生を送り、国の行為によって、いかなる被害を被ってきたかについて意見を陳述しました。その中で、米倉弁護士は、「残留孤児」たちがどのようにして肉親と別れることになったのか、中国でどのような生活を送ってきたのか、また帰国後にどのような生活を送っているのかなど、具体的な事実を紹介し、いかに彼らが「普通の日本人として人間らしく生きる権利」を侵害されてきたかを指摘しました。

続いて斉藤豊弁護士が、国の「責任論」について意見を陳述しました。その内容は以下のようなものです。

第一は、中国に取り残された「残留孤児」たちを保護し、帰国させるという具体的義務を果たさなかったという不作為です。第二は、「残留孤児」が生まれた根本的原因は、戦前の「満州国」への移民政策にあり、また敗戦時に、国民を守るべき日本軍が居留民を遺棄したという行為にあることから、その原因を作り出した日本政府には、結果(損害)を除去する具体的義務(早期帰国実現義務)が生じたが、それを果たさなかったことです。判例・学説で、「作為起因性の不作為」と呼ばれるものです。第三に、「残留孤児」たちが「普通の日本人らしく生きる」ための自立支援義務に対する不作為です。どのような義務を果たせば、「自立支援義務」を果たしたことになるのかは問題になりますが、この点について、斉藤弁護士は、7割を超える生活保護受給率がその義務違反を示していると主張しました。

最後に安原幸彦弁護士が、「今後の進行について」述べました。安原弁護士は、本件訴訟において迅速な審理を求めてきたこと、そしてそのために、提出証拠を精選し、毎回の審理を充実させ、審理促進に協力してきたにもかかわらず、裁判官の交代のために半年も口頭弁論が開かれなかったことを批判しました。

その上で、訴訟の意義に鑑みて、また裁判所がさらに理解を深めるために、証人3名(菅原幸助証人の再尋問、坂本龍彦証人、岡部牧夫証人)の尋問と、さらなる原告本人尋問を行うよう求めました。また、日本語が十分に理解できない原告らの裁判を受ける権利を実質化するために、法廷での同時通訳を実施するよう求めました。

「残留孤児」訴訟については、引き続きレポートしていきたいと思います。なお、次回期日は、8月30日(火)午前10時から、103号法廷で行なわれます。また7月6日には、全国に先駆けて、大阪地裁で判決が言い渡される予定です。これについても、レポートしたいと思います

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