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憲法情報Now<憲法関連裁判情報>

 

中国「残留孤児」訴訟――(6)大阪地裁判決

T・O記

 2005年7月6日、大阪地裁で中国「残留孤児」訴訟に対する判決が言い渡されました。全国14ヵ所の裁判所で争われている裁判の中で、初めて言い渡される判決ということで、大きな注目を集めていました。

 判決は、原告らの請求を棄却するというものでした。

 まず判決は、判断の前提となる事実として、残留孤児が発生する経緯について述べています。その中で、政府が主導して満州移民を進めたことについては言及しましたが、ソ連の参戦後、満州を防御するはずだった関東軍が、移民団を置去りにして撤退したことについては触れていません。むしろ、武装解除についての協定が成立した後も、ソ連が無統制な武装解除を続けたため、混戦が続いたとし、さらにソ連の参戦に続き、中国国内では中国共産党と国民党の内戦が起こり、そうした混乱の中で、いわゆる残留孤児が発生したとしています。

 続いて、中国に残らざるを得なかった邦人に対して、日本政府がとった対応についての認定をしています。詳細は省きますが、占領下では日本政府の権限が限定されており、対策には限界があったこと、在留邦人引揚げについてソ連が協力をしてくれなかったこと、中国の協力を得て大勢の邦人の帰国が実現したこと、帰国者に対して旅費を負担したこと、未帰還者についての調査を行なったこと、日中国交正常化以後、いわゆる中国残留孤児の身元調査を行い、肉親探しのための訪日調査を実施したことなどに言及しています。また、「残留孤児」らの帰国に際して、自立支度金・養父母扶養費の支給などがなされたことや、帰国後に「自立支援センター」や「自立研修センター」、「支援・交流センター」などを設置したことについても触れています。

 「残留孤児」の現状については、生活保護受給率が、日本国民全体の受給率と比べ、非常に高いこと(1999年時点で、国民全体が0.79%であるのに対し「残留孤児」世帯は65.5%)、年金が収入とされ、保護費から控除されること、一時的に中国へ戻った場合には、その間の保護費が停止されることなどについて言及しています。また、就労率が低く、世帯あたりの収入が非常に低いことや、日本語が十分にできず、日常生活に支障を来たしていることについても認めています。

 続いて、争点に対する裁判所の判断ですが、まず原告らの権利利益に対する侵害について、上記の事実認定や弁論の趣旨から、「残留孤児」たちが中国で筆舌に尽くし難い辛苦を味わったこと、帰国した後も日本語ができなかったために、就労できなかったり、就労できたとしても低賃金のものに限られてきたことや、病院でも病状を正確に伝えられなかったり医師の説明を理解できなかったりしたことから、様々な不利益を受けていることを認定しました(しかし、毎回の裁判で原告らが意見陳述をしたにもかかわらず、原告ら個々の具体的な被害については触れていません)。こうした被害により、原告らは「日本において、日本人として人間らしく生きる権利」を侵害されたと主張しました。これに対し、裁判所は、そのような権利は、内容が具体性を欠き、明確ではないとして、権利の存在を否定しました。しかし、社会生活上、様々な場面で不便を来たしたり、不利益を受けたりしたことについて、精神的苦痛があったと認め、このような不利益を受けないことは、不法行為法上の保障の対象となりうる法的利益である、と認めました。

 では、「残留孤児」たちがこうした不利益を受けない権利を侵害されたことについて、国家賠償法上、政府が賠償義務を負うかどうかについてですが、まず早期帰国実現義務違反については、憲法13条・22条・26条1項、教育基本法、児童福祉法2条、未帰還者留守家族等援護法29条、自由人権規約12条4項・23条1項など、いずれの条項に基づいても、政府は早期帰国実現義務を負わない、と判断しました。

 先行行為に基づく条理上の早期帰国実現義務について、原告らが「残留孤児」となったのは、国策による旧満州地区への入植・国防政策の遂行に起因するものであるから、政府は、このような先行行為に基づいて、帰国を希望する孤児らについては、できるだけ早期に帰国を実現できる措置をとるべき責務を負ったと認定しました。ところが、孤児らが日本の主権の及ばない中国国内にいたことから、中国政府から協力を得られなければ、上記責務を果たすことができない、すなわち結果回避可能性が欠如していたとして、先行行為に基づく条理上の作為義務としての早期帰国実現義務を確定的に負ったとは認められない、と判断しました。しかし、日中国交が正常化した1972年以降においては、多数の「残留孤児」の存在を認識していたことや、中国政府の協力の下で「残留孤児」の早期帰国のための措置をとり得たとして、日本政府の先行行為に基づく早期帰国実現のための施策を立案・遂行すべき条理上の作為義務を負ったと認めました。

 未帰還者特別措置法により、「残留孤児」らが戦時死亡宣告を受け、それによって早期帰国を妨害された、という主張に対しては、未帰還者特別措置法が、戦時死亡宣告を受けた者の遺族に対する援護措置を定めたものであるなどとして、立法が違法・不当な目的を持つものではなかったとしました。また、戦時死亡宣告は、それぞれ裁判官の審査を経ているものであり、その際に違法・不当の審査がなされているともしました。また、戦時死亡宣告によって帰国が妨害されたと認めるに足る証拠もない、としました。

 日中国交正常化以後の早期帰国実現義務について、その違反があったかどうかですが、裁判所は、その義務に違反したというためには、客観的に政府が残留孤児の帰国を実現させる具体的な施策を立案・実行することが可能になった時期から長期にわたり遅延が続いたこと、その間、政府が通常期待される努力によって遅延を解消することができたのに、それを回避するための努力を尽くさなかったことが必要である、としました。そしてこの基準に基づいて、政府が行った施策を検討して、政府は「残留孤児」らの問題を解決するための施策を行っており、施策において遅延はなく、仮に遅延があったとみる余地があるとしても、それを回避する努力を怠ったとはいえない、と判断しました。

 原告らは、早期帰国実現義務違反に加えて、帰国後の自立支援義務違反を主張していました。これは、政府は「残留孤児」らに対し、日本語の習得させるための物的・人的支援する義務、就労に必要な社会的ルールや生活習慣を学ぶ機会を保障する制度などの施策を講ずる義務、就職先のあっせん義務、住宅の確保のための措置をとる義務などがあったが、これらの義務を十分に果たさなかった、という主張です。

 この主張に対して、裁判所は、憲法13条・14条・25条1項・26条、社会権規約11条・13条2項d、自立支援法などの各条項は、いずれも自立支援義務を発生させる根拠とはならないと判断しました。

 また原告らは、権利の重要性、政府の施策の不十分さ、すでに問題点が指摘されており被害の予見可能性があったこと、施策をとることが可能であり回避可能性があったことなどから、先行行為に基づく条理上の作為義務としての自立支援義務に対し、義務違反があったと主張しました。しかし、裁判所は、政府の行為によって「残留孤児」が生まれたことは、第二次世界大戦及びその敗戦によってもたらされた戦争損害ないし戦争犠牲に属するものであると判断しました。そして、こうした戦争損害に対する補償は行政府の裁量的判断に委ねられているとして、自立支援義務の存在自体を否定しました。また、様々な施策をとっていたことから、裁量行使に際して、合理性を欠くものではなかったとしました。

 以上のように、裁判所は、原告らの主張を全て斥けました。

 この判決については、各紙がその日の夕刊で大きく取りあげ、翌日の社説でも取りあげられています。例えば、愛媛新聞は7月7日付の社説で「少なくとも判決には同じ国民として一緒に生きようと手を差し伸べる温かさはない」と批判していますし、沖縄タイムス7日付社説も「戦中、戦後に辛酸をなめつくした孤児たちにとって極めて厳しく、冷たい判決」と批判しています。

 また、判決が政府の法的責任を認めなかったからといって、政府が支援する義務を免れたわけではない、とする社説も少なくありません。たとえば、産経新聞は7日付主張で「国は裁判に勝ったからといって、残留孤児問題で免責されたというわけではない。…孤児たちの自立や二世たちの教育支援にこれまで以上のキメ細かい援助が急務である。また、特別立法による年金や給付金の支援なども、今後の検討課題ではないか」としています。こうした論調は、各紙に見られます。

 社説ではあまり取り上げられていませんが、判決が「残留孤児」らの被害を戦争損害として、国民が等しく受忍すべきだとした点も、問題があるように思われます。通常の戦争損害は国民が等しく受忍すべきだという論理の是非は措くとしても、「残留孤児」らが受けた被害は、通常の戦争損害として語ることのできるようなものではありません。彼らは中国において「日本人」としていじめや差別を受け、日本に帰国した後も「中国人」といわれていじめや差別を受けました。また、日本語が十分できないために受けた被害もあります。これらの被害は、通常の戦争によって誰にでも生じうる損害だといえるでしょうか。こうした認識は、原告個々人の受けた被害について、ほとんど言及しない判決に見て取ることができるように思います。

 憲法上、裁判官はその良心に従うことが定められています(76条3項)。この「裁判官の良心」がどういうものなのかについて問われたある裁判官は、こう答えたといいいます。「裁判官の良心とは、弱者、少数者に対する思いやりの心である」(日本裁判官ネットワーク『裁判官は訴える!私たちの大疑問』142頁(日本評論社、1999年))。「残留孤児」訴訟を担当する裁判官には、この「裁判官の良心」をいま一度、想起してほしいものです

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