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憲法情報Now<憲法関連裁判情報>

 

中国「残留孤児」訴訟(8)――神戸地裁判決

T・O記

2006年12月1日、神戸地裁で、中国「残留孤児」訴訟に対する判決が言い渡されました。原告らは、(1)政府は、残留孤児の帰国を妨げるような政策をとり、あるいは孤児らの早期帰国を実現させる義務を怠り、それによって原告らに損害を与えた、(2)政府と国会議員は、孤児らが自立した生活を営むことができ量に支援する義務を怠り、原告らに損害を与えた、と主張して、一人あたり3300万円の賠償を請求していました。これに対し、神戸地方裁判所は、原告らの請求を一部認め、原告65名のうち61名に対し総額4億6800万円の損害賠償金を支払うよう国に命じました。以下、判決の要旨を簡単に紹介します。

裁判所はまず残留孤児が生じた経緯について次のように述べています。

政府は傀儡国家である満州国を建国し、移民を開始して、満州北部・北東部に書いた区民を住まわせた。その後、戦況が悪化し、開拓民が頼りとしていた関東軍は弱体化した。さらに1945年春にはソ連の満州侵攻が決定的となったところ、政府は開拓民を犠牲にして満州地域を持久戦の戦場にすると決定した。しかしそうした方針は秘密にされ、開拓民を非難させる措置もとらなかった。その上、弱体化した関東軍の人員補充のために開拓民の青年を全員徴兵した。このような無防備な状態の中、ソ連が侵攻してきたため、開拓民らは厳しい状況の中で逃亡生活を強いられた。その中で、親兄弟と死別・離別し、中国人の家庭に引き取られ、自己の意思とは無関係に中国に残ることとなった、と。

続いて、残留孤児の帰国に向けた政府の責任について判断しています。

残留孤児が生じた原因が、政府の施策によるものであって、戦後は、新憲法の理念に基づいて、政府には、残留孤児らを救済(消息の確認・早期帰国など)する高度の政治的責任があったと指摘しています。

こうした責任は、1972年の日中国交正常化以前は、実行が困難であったところ、国交正常化以降は、孤児らの救済責任を果たすための政策実行が可能になった。それゆえ、政府がその責任を果たさなければ、その責任は違法なものとなるとしました。そして、以下の3つの行為は、孤児らの帰国を制限した違法な行政行為だと判断しました。

第一に、残留孤児が日本に入国する際に、留守家族(残留孤児の親や祖父母、子であって、日本に居住する者)による身元保証を要求したことです。残留孤児らは日本人であるにもかかわらず、日本政府は中国人として扱い、留守家族がいない場合や、留守家族の協力を得られない場合の入国を認めませんでした。そのため、こうした孤児らの帰国が妨げられました。

第二に、孤児が帰国旅費を政府に求める際、留守家族が孤児の戸籍謄本を提出して行うものとした措置です。これにより、身元が判明していない孤児や、留守家族の協力が得られない孤児らは帰国旅費の支給を受けられず、事実上、帰国ができなくなりました。

第三に、1986年10月以降、身元判明孤児について、留守家族の身元保証に代わる招聘理由書の提出や、特別身元引受人による身元保証といった、入管法の求めていない手続を求めた措置です。

これらの措置は、政府からすれば、帰国後のトラブルを防ぐためという理由があったのかもしれませんが、こうした措置により、孤児らの帰国が妨げられために帰国が遅れ、孤児らに大きな損害を与える結果を生みました。そのため、裁判所は、こうした措置を違法と認めました。

次に、帰国後の自立支援についての政府の責任についてです。

裁判所は、政府が早期の帰国支援を怠り、むしろ帰国の制限を行うなどして、孤児らの帰国を遅らせ、それにより、孤児らは帰国時に日本社会への適応に困難をきたす年齢になっていたため、政府には条理上、自立支援義務があったとしました。

そして、「北朝鮮」による拉致被害者に対する自立支援策との比較を行いました。拉致被害者は、永住帰国後5年を限度に、毎月、生活保護よりもかなり高い水準の給付金を受け、社会適応指導、日本語指導、きめ細かな就労支援を受けています。くわえて、拉致被害者が自立支援を要する状態となったことに比べて、孤児らが自立支援を要する状態になったことについてのほうが、政府の落ち度は大きいとしました。それゆえ、拉致被害者に対する自立支援よりも、孤児らに対する自立支援のほうが貧弱であっていいわけがないとしました。それゆえ、原告ら孤児たちに個々人に対し、永住帰国から5年の間、日本語の習得や就職活動、生活などへの支援を行う法的義務を負っていたと認めました。

ところが、政府が実際に行った支援は、極めて貧弱であり、生活保護の受給期間も、永住帰国後1年を目処とする運用がなされていました。くわえて、日本語能力や就業能力が十分に身につかないまま、かなり強引に就労を迫っており、孤児らに対する自立支援義務を怠ったとして、国家賠償法上異邦であるとしました。しかし、自立支援義務を怠ったことによる賠償責任は、永住帰国から5年が経過した時点から20年で、除斥期間の経過により消滅するとして、一部の孤児らの請求を認めませんでした。

国会議員が自立支援立法を制定しなかったことについての違法性については、判決によって立法内容を具体的に示すことはできないため、それを違法と判断することはできないとしました。

国側は、いわゆる戦争損害論を持ち出し、すべての国民が受忍すべき損害だったという主張をしていました(昨年7月の大阪地裁判決は、戦争損害論を肯定していました)。しかし裁判所は、孤児らの損害は国交正常化後の政府の違法な職務行為によるものであって、戦争損害ではなく、戦争損害論によって国家賠償責任を否定することはできないとしました。

また国側は、国家賠償の債権について消滅時効を援用しましたが、そもそも政府の行為(自立支援義務の不履行)によって生活を困窮させ、訴訟提起を困難にしていたのであって、消滅時効の援用は信義則に反するとして、その主張を斥けました。

なお、判決文には書かれていませんが、傍聴した弁護士によると、裁判長は、一部の原告につき除斥期間の経過によって請求を棄却したことなどについて、「この問題は裁判所だけでは解決できない。立法による解決が必要だ」との付言をしたそうです。

この判決で注目されるのは、「北朝鮮」による拉致被害者への支援との「格差」に言及したことです。この点は、訴訟提起前から指摘されていましたが(例えば、水島朝穂早稲田大学教授は、2002年12月2日付「直言」の「拉致と放置」でこの問題を指摘しています)、今回は判決においても、その点を厳しく批判されたのです。

また、昨年の大阪地裁判決は、孤児らの被害を、戦争損害として国民が等しく受忍すべきだとしたのに対し、今回の判決はそれを明確に斥けている点も、評価できると思われます。

判決のあった12月1日、新聞各紙の夕刊は一面でこのニュースを伝え、また翌日以降、各紙が社説でこの判決を取り上げ、私が見た限りではすべての社説(朝日新聞、毎日新聞、東京新聞、しんぶん赤旗、北海道新聞、河北新報、新潟日報、信濃毎日新聞、京都新聞、神戸新聞、中国新聞、山陽新聞、高知新聞、愛媛新聞、徳島新聞、西日本新聞、熊本日日新聞、沖縄タイムス)がこの判決を評価し、政府に対して控訴断念や孤児らへの支援を主張していました。政府は、こうした世論に耳を傾け、一刻も早い支援策を実現すべきだと思います。

なお、来年1月30日には、東京訴訟の判決の言い渡しが予定されています。また名古屋訴訟も本年10月に結審し、近く判決が言い渡される見通しです。

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