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憲法情報Now<憲法関連裁判情報>

 

日の丸・君が代訴訟(13)― 不採用事件判決

T・O記

入廷行進

 2008年2月7日、「君が代」不採用事件訴訟に対する判決が言い渡されました。この事件は、東京都の高校に教員として在職していた時の卒業式で、「君が代」斉唱時に起立しなかった教員たちが、退職後に嘱託としての採用を申し込んだところ、そのたった一度の不起立を理由に、嘱託として採用されなかったため、慰謝料などを求めていたものです。

 東京地裁は、原告らの主張を一部容認し、原告ら13名に対して、合計2700万円の支払いを都に命じました。以下、判決の内容を見ていきたいと思います。

 原告らは、(1)「君が代」斉唱時に起立・斉唱せよという職務命令は、憲法19条が保障する思想・良心の自由を侵害し違憲である、(2)職務命令の根拠となったいわゆる「10.23通達」や、それを受けてなされた職務命令は、旧教育基本法10条にいう「不当な支配」に該当し違法である、(3)不起立を理由とする不採用は、原告らの思想に対して不利益な取り扱いをするものであって違憲である、(4)仮に職務命令等が上記のように違憲・違法でないとしても、たった一度の不起立を理由として不採用とすることは、都教委の権限を濫用・逸脱するものであって違法である、などと主張していました。

 これに対し、被告東京都は、(1)思想の改変を迫るものではなく、思想・良心の自由を侵害するものではない、(2)本件のようなものは不当な支配ではない、(3)職務命令違反を理由とする不採用であり、思想に対する不利益取り扱いではない、(4)職務命令に違反した者は教育に携わる者としてふさわしくないとの判断に基づいて、不採用としたことは合理的である、などと反論していました。

 これらの主張について、東京地裁の判断は次のようなものでした。


旗出し

(1)原告らが「日の丸」・「君が代」が過去に果たした役割を消極的に評価し、「日の丸」に向かって起立して「君が代」を斉唱できないという思想を持つことは、思想・良心の自由として保障されると認めました。しかし、職務命令は、原告らの思想を否定するものではなく、一般的に不起立が原告らの思想と不可分に結びつくものとはいえないとしました。また、起立しての「君が代」斉唱が、原告らの思想の表明だと評価することもできないとしました。

 そして、一般的には思想・良心の自由と抵触しないとしても、原告らが思想・良心の自由の侵害と受け止めた場合、19条との抵触が生ずるが、公務員は全体の奉仕者(憲法第15条2項)であって、地方公務員法でも職務命令に従うべき旨が規定されていること(32条)、「君が代」斉唱が学習指導要領の目的に合致することなどから、その制約が許されないものであるとは言えない、と判断しました。

(2)10.23通達やそれに基づく職務命令が、旧教育基本法第10条の禁止する「不当な支配」に該当するかどうかについて、裁判所は、教育の自主性を害するようなものは「不当な支配」になるとしつつも、子どもの利益のため又は子どもの成長に対する社会公共の利益のための権限行使は、教育内容に関するものであっても許されるとしました。そして、本件のような通達や職務命令は、卒業式における国旗掲揚・国歌斉唱の実施のために必要かつ合理的なものであるとして、「不当な支配」とはいえないとしました。

(3)不起立に基づく不採用が、思想・良心に基づく不利益取り扱いかどうかについて、裁判所は、不起立・不斉唱が原告らの思想と不可分に結びつくものではないこと、および、「勤務成績が良好」という要件に該当しないという理由からの不採用であって、思想に基づく不利益取り扱いではないとしました。

(4)都教委の裁量濫用・逸脱について、これまでの実績からみると、嘱託としての採用は、申し込みがあればそのほとんどを採用してきており、原告らは嘱託として採用されることについて、法的な保護に値する期待権を有していたと認定しました。そのため、不採用の理由が不合理である場合や、恣意的なものである場合は、違法となるとしました。

 本件の場合について、裁判所は、採用の適否に際して、退職前の勤務成績が考慮され、原告らが卒業式において「君が代」斉唱時に不起立だったことが消極的な評価を与えられることもやむを得ないと認めました。しかし、不起立は、積極的に式や「君が代」斉唱を妨害するものではなく、実際に原告らの不起立によって式の進行に支障は生じていなかったと判断しました。また、他の職務命令と比べても、本件職務命令が特に重大なものとも言えないと認めました。そして実際に、過去の事例においては、卒業式において、「君が代」斉唱時に不起立を貫いた者が採用されている事実を指摘しました。そのため、1度ないし2度程度の不起立のみをもって、嘱託として採用しないとすることについては、選考の公平さに疑問がある、と判断しました。加えて、退職前の勤務成績について、総合的に判断したとは言えず、不起立のみを過大に評価しているとして、都教委はその裁量行使に際して、濫用・逸脱したと判断し、上記のように、賠償の支払いを命じました。

 判決についてですが、まず、原告らの勝訴としたことを評価したいと思います。「君が代」の強制について、東京都は全国でも突出した動きをしていましたが、それに対する一定の歯止めがかけられたからです(その意味では、東京都が控訴したことは残念に思います)。

 しかし判決には問題も少なくありません。

 まず、19条違反の訴えを退けたことです。この点については、「君が代」のピアノ伴奏を拒否したことに対する処分の是非が争われた事件で、2007年2月27日に最高裁が言い渡した判決を踏襲していると思われるため、東京地裁のみを批判することはできません。しかしこの最高裁判決に対しては、憲法学界からの批判は強いものがあります(最近のもので言うと、渡辺康行「職務命令と思想・良心の自由―『君が代』ピアノ伴奏拒否事件最高裁判決」法律のひろば2008年1月号)。原告らが苦悩して、不利益を受けるかもしれないことを覚悟してまで行った行為について、それが思想・良心の自由と不可分に結びつくものではないと言い切ってしまう点は、人権感覚が欠如しているとしか言えないと思われます。

 また、旧教育基本法第10条の禁止する「不当な支配」の射程を極めて限定した点も問題となるでしょう。教育法学説では、原告らも主張するように、行政が教育に介入できるのは、教育の機会均等の確保と、一定の水準維持のために必要かつ合理的な範囲内で認められる大綱的な基準を示すことができるにとどまると考えられます。しかし裁判所は、子どもの利益や社会公共の利益に資する場合は、行政の介入も認められるとしました。この点は批判されるべきだと思います。

仮に、教育内容に関して行政の介入がある程度認められるとしても、それは「教育の自主性を害さない」という留保がつけられるはずです。この点は裁判所も認めています。しかし、卒業式のあり方を厳格に定める10.23通達のようなきわめて強力な介入がはたして教育の自主性を害さず、「不当な支配」ではないと言えるのか、もっと慎重な検討をすべきだったように思われます。

 先ほども述べましたが、東京都は、本判決に対して控訴を行っています。それに対し、原告側も控訴をしています。当研究所は、この訴訟について、今後も引き続き注目していきたいと思います。

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