法学館憲法研究所は、憲法を系統的に研究し、個人の尊厳の実現をめざす非政府組織としての自由な研究機関です

法学館憲法研究所

Mail info@jicl.jp
 
今週の一言
憲法情報Now
 憲法をめぐる動向
 イベント情報
 憲法関連裁判情報
 シネマ・DE・憲法
 憲法関連書籍・論文
 ■今日は何の日?
憲法Voice
研究所・客員研究員紹介
中高生のための憲法教室

憲法文献データベース
日本国憲法全文
リンク集
 
事務局よりお知らせ
賛助会員案内
メールマガジン
ご意見フォーム
サイトマップ

憲法情報Now<憲法関連裁判情報>

 

日の丸・君が代訴訟(14)― 東京「日の丸・君が代」裁判第1次訴訟

H・T記

 本件はいわゆる10・23通達直後の周年行事・卒業式・入学式において、校長の職務命令に従わないで国歌斉唱時に起立せず、あるいはピアノを伴奏しなかったとして、2004年に懲戒処分を受けた方々が原告となり、処分の取消と損害賠償を求めて2007年に提訴しました。第1審の東京地方裁判所は、昨年3月26日、請求棄却の判決をしました(判決についての尾山宏原告弁護団長のインタビューはこちら)。

 この判決に対する控訴審(控訴人169名)の最終弁論期日が10月15日に開かれ、浦部法穂・法学館憲法研究所顧問・神戸大学名誉教授が控訴人側の証人として証言し、結審しました。100名入る大きな法廷に傍聴人が詰めかけ、抽選で傍聴できなかった原告の方も多数おられました。

 当日は原告側の最終準備書面の陳述、証拠書面の提出と証人尋問が行われました。証言の概要は以下のとおりです。

 「思想」とは、人の内心におけるものの見方、考え方である。「保障する」ということはまず、@権力による強制の禁止を意味する。「強制」とは、ある特定の思想を正統的なものとしてこれに従わせたり勧奨したりすることである。また、A思想を理由とする不利益取扱の禁止、B権力による思想の推知の禁止も意味する。

 思想の強制の方法について言えば、個人にいくら強制してしても内心を変えさせることはできない。よって、その思想に基づく行為を行うように強制することになるが、これは禁止されている。もっとも、今日の民主主義を標榜する国家は行為を直接的に強制することは考えられず、ある思想を正統的なものとして勧奨する方法をとる。勧奨されると国民は知らず知らずのうちに間接的にマインドコントロールされる。よってこれも禁止される。

 法律で特定の行為を禁止した場合、法律は一定の価値判断の結果を国民に強制するという意味を持つ。従って、法律による強制は、一般的には19条違反の問題は生じない。しかし、法律の中身によっては19違反の問題になり法義務が免除される。それは、@法律が要求していることが本来個々人の自律的な価値判断に委ねられるべきことがらである場合、及びA法律の価値判断に従うことが当該個人の人間性の核心部分を否定するような場合である。

 近代国民国家が一元的な権力として成立したとき、国旗国歌は国民を国家に統合するという機能を持った。今日私達は国民国家の枠組みの中で生きている。しかし、国民国家は揺らいでおり、世界的な流れは国家という枠組みを離れて生きる方向にある。国民国家の発祥の地であるヨーロッパではEUという枠組みができた。現代において、人口、環境、資源等の問題では国家の枠組みを前提としては有効な解決はできない。国連が提起した「国家の安全保障から人間の安全保障へ」という考え方も、国家という枠組みの中だけで考えていてはだめだということである。地域主権という考え方も、国家より身近でローカルな所で生きていくという発想である。国家という枠組みを超えた中で生きていくということが現実的になっている。

 このように、国家に対する考え方は多様に存在する。国家に積極的な価値を認めるかは個人としての生き方の根本に関る問題であり、個々人が自律的に判断すべきことがらである。国旗に向かって起立し国歌を斉唱することを行為は、その行為自体により国民国家の価値を積極的に認めるという考え方を表明するという意味を客観的に持つ。よって、強制することは19条に違反する。

 では、儀礼的行為、教職員に期待される行為、あるいは公務員だからという理由で強制が許されるか。そのような場合でも個々人の自律的な価値判断に委ねられるべきことがらである場合は強制は許されず、法義務は免除される。本件も自律的な価値判断に委ねられるべきことがらである。

 子供が教師の行為によって「起立しなくてもよい」と受け取ってしまう場合、子供の学習権を侵害することになるか。起立を強制すると、国家に積極的な価値を認める行為を強制することになり、この考え方が正しいということを子供に教えることになり、子供の学習権を侵害する。子供が健全に発達するためには、多様な考え方、生き方があることを教えることこそ必要である。

 19条の「保障」は前述のように、思想の推知の禁止も意味する。有形無形の支配を加えることにより権力が個人の思想を知ろうとすること自体が禁止される。キリスト教信者に対する踏絵がその例である。思想を調査することは、権力にとって都合の悪い思想をあぶりだす意味があり、禁止される。

 ある事柄について様々な対立がある場合、特定の行為を強制するとそれに反対の考えの人にとって抵抗感があり行為を拒否せざるを得なくなる。よって、あぶりだす行為は踏絵に該当する。拒否するとリスクを受けるのであぶり出す行為は萎縮効果を持つ。萎縮効果を持つ行為は許されないと解されている。

 本件では国家に積極的な価値を認めないという考えを持っている人は拒否することは容易に推測される。よって、従わない人をあぶりだす効果を持ち、その限りにおいて踏絵に該当する。あぶり出しの効果は100%である必要はない。あぶり出される人が何%かは問題ではない。仮に1人であっても許されない。あぶり出す意味を客観的に持っていること自体が問題である。通達や都教委の主観的な意図がどうであれ、19条に違反する。

 国旗国歌の扱いは国により様々だが、少なくとも先進諸国において、本件のような形で強制されている例は知らない。アメリカの判例は学校での強制も憲法違反であり、「学校現場を全体主義の飛び地にしてはならない」と言っている。国旗国歌は国民を国家に統合する意味を持ち、行き過ぎると全体主義に陥る危険性がある。民主主義を標榜する国家でこのような行為が強制されるのは極めて異常である。日本国憲法の下での法体系としては、たいした問題ではないというのではなく、民主主義国家のあり方そのものが否定されるという問題である。

 証言は以上です。

 続いて、控訴人のGさんが意見陳述しました。2005年に在職した高校では管理職は、君が代斉唱時に生徒の体を揺さぶりながら起立するように指示し、不起立の生徒1人ひとりに着席の理由を事情聴取したとのことです。Gさんは、不適切指導ということで厳重注意処分を受けました。翌年の卒業式では、教員への処分を心配して、生徒は全員起立したと紹介し、「都教委の目的は生徒たちに『君が代』斉唱を強制することにある。」と述べました。

 Yさんは、「君が代」斉唱時に立たないという理由で担任を外され続け、教師としての生きがいが奪われていると述べました。職員会議で発言する教員は極端に少なくなり、教員としての誇り、責任感、良心が失われていると考えている人が多いという現状を説明しました。「先生の一言は子供の生命をも支配する」との陳述には重いものがあります。

 最後に控訴人ら代理人の弁論がありました。澤藤統一郎弁護士は、本件では、人間の尊厳を守るために国家権力を制限するという近代立憲主義の根幹が問われていると指摘しました。石原都政という極めて異常なイデオロギーによる事件だという事実を見据えてもらいたい、憲法の理念を実現するかは裁判所のあり方にかかっている、裁判官は良心に従って判決していただきたい、と結びました。

<<(13)へ  

 

 
[今週の一言][憲法情報Now][中高生のための憲法教室][憲法文献データベース][事務局からのお知らせ]
[トップページ]