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日の丸・君が代訴訟(7)──解雇訴訟 2

T・O記

2005年10月12日、定年退職後に嘱託として都に再雇用された元教員たちが、卒業式の「君が代」斉唱時に不起立だったことを理由として、契約の更新を拒否され、あるいは内定を取り消されたため、地位の確認と損害賠償を求めて争っている訴訟の口頭弁論がありました。この日は、元教育長で現在は都の副知事をしている横山洋吉氏の証人尋問ということで、96枚の傍聴券を求めて、250名あまりの人が法廷に集まりました。

以下では、横山氏の証言について紹介したいと思います。

横山氏は、教員免許を持たないまま、2000年7月に教育長に就任しました。就任当時から、卒業式における国旗国歌の取扱いについては、問題があると考えていました。つまり、国旗を三脚に掲げて舞台袖のカーテンの裏に置く、国歌斉唱時の教職員の不起立や、生徒に対する「内心の自由」の説明などについて、横山氏は問題だと考えていたそうです。

学習指導要領の法規性、および法的拘束力について肯定する横山氏は、それを認めた旭川学テ事件最高裁判決(1976年5月21日判決)の詳しい内容については、ほとんど覚えていませんでした。原告側の代理人から判決の重要な部分を朗読してもらい、その内容を確認しました。その内容とは、教育基本法が、「戦前のわが国の教育が、国家による強い支配の下で形式的、画一的に流れ、時に軍国主義的又は極端な国家主義的傾向を帯びる面があつたことに対する反省」から制定されたものであることや、教育基本法第10条1項が禁ずる教育への不当な支配は、教育行政機関にも及ぶこと、指導要領は、その下で「教師による創造的かつ弾力的な教育の余地や、地方ごとの特殊性を反映した個別化の余地が十分に残されており、全体としてはなお全国的な大綱的基準としての性格をもつもの」であって、「その内容においても、教師に対し一方的な一定の理論ないしは観念を生徒に教え込むことを強制するような点は全く含まれていない」ものである限りにおいて、法的拘束力が認められること、教育内容に対する国家の介入はできる限り抑制的であるべきこと、などです。

三脚で国旗を掲げることについては、10.23通達(卒業式のやり方などを細かく規定した通達)に違反し、学習指導要領については、その趣旨に反すると述べました。実施指針によれば、国旗は向かって左、都旗は右、とされていますが、原告側代理人から、これに反する国旗掲揚は学習指導要領に反するのか問われ、横山氏は、学習指導要領の趣旨に反する、と答えました。その理由は、卒業式は厳粛な雰囲気の中で行われるべきものであり、そういう場では、国旗は向かって左側に掲げるのが常識だから、というものでした。フロア形式の卒業式の否定も、同様に学習指導要領の趣旨に反し、その理由は、厳粛な雰囲気で行われるべきものとして常識だ、と答えました。

10.23通達では、式において「内心の自由」について説明することを禁止しています。そのことについて、なぜ禁止しているのかを問われ、横山氏は、あえて説明することは、国歌斉唱時に座ってもいいことを示唆することとなり、適切な指導とはいえないからだ、と答えました。また、式に際して「内心の自由」を説明した場合、教員に対する評価として、マイナスの評価を受けることを明らかにしました。また、職務命令違反の教員に対して人事異動を行ったという米長教育委員の発言や、国旗国歌の実施に反対する教師を「がん細胞みたいだ」という鳥海教育委員の発言についての認識を問われ、横山氏は、これが都教委の認識ではなく個々人の発言であって、その真意は不明である、と答えました。しかし、こうした発言は公の場で行われ、また、訂正もされていません。

さらに、横山氏が「ポリティカル・アポインティー(政治任用)」であることが明らかにされました。つまり、石原都知事が自らの思想に近い人物を指名し、教育長に任命したわけです。実際に、石原都知事は、雑誌のインタビューに答えて、“横山氏は自分よりも熾烈ではっきりしており、ひとつのルールとして国旗国歌を実施してくれるだろう”という期待を表明したそうです。横山氏も、同じ雑誌の中で、“自分の国を愛する表現として、国旗国歌を大事にする”という趣旨のことを述べていることも明らかにされました。また、横山氏が、自民党宮崎県連の主催するシンポジウム「歴史教科書問題シンポジウム−未来を担う子供たちのために」にパネリストとして参加したことも明らかにされました。

また、2003年7月2日の都議会において、土屋敬之都議から、“卒業式で内心の自由について説明するのは不適切ではないか”と質問され、“きわめて不適切である”と答弁したそうですが、この答弁については、都教委の間で議論されていなかったことが明らかにされました。この点につき、横山氏は、答弁については、自身に一任されていると主張しましたが、横山氏は、教育長、すなわち事務をつかさどる立場であり、教育委員会を代表する立場ではなかったはずです。

2004年3月16日の都議会文教委員会において、土屋都議から、“不起立だった生徒の担任教師は、処分するべきではないか”と質問され、“おっしゃるような処分をすることになると思う”と答弁したことについて問われた横山氏は、実際には、個々具体的なケースごとで処分するかどうか判断している、と答えました。しかしここで裁判長が、議事録を読むと、そうは言っていない、個々具体的なケースで判断するのであれば、そう答えるはずだが、これを読む限り、一律に処分するということではないか、と問いつめたため、横山氏はそれを認めました。また、この答弁についても、都教委の中で議論されていなかったことも認めました。そして、実際に、生徒が不起立だった学校の教師については、指導課長から注意処分がなされていました。

学習指導要領と10.23通達の関係について、旭川学テ事件最高裁判決が、教育における教師の創意工夫や、生徒の自主性を重視するという趣旨のことを述べていることから、10.23通達を出すに際して、この点が議論されたかどうか問われたのに対し、横山氏は、議論していないことを認めました。また、学習指導要領の音楽の項には、楽曲の歴史的背景を指導するとされていることについて、通達を出すに際して議論されていないことも認めました。

ふたたび「内心の自由」について取り上げられ、原告側代理人から、「内心の自由」の説明が適正な実施を妨げるのか問われ、横山氏は、あえて説明することは、歌わなくてもいいことを示唆するので、不適切である、式の前に話す理由がわからない、と答えました。またホームルームで「内心の自由」について話した教員が指導を受けたことについて、横山氏は知らないと答えました。しかし、憲法尊重擁護義務を負う都立高の教員が、ホームルームで「内心の自由」について教えることに問題はないことも認めました。ただし、これについても、教えるときの方向性が大事だという留保がついています。

横山氏が、10.23通達を出す際に、国旗国歌法の審議を参照したことを認めたため、原告側代理人が、国旗国歌法の審議に際して、政府答弁として、野中広務官房長官(当時)が、“式典において、起立する自由、起立しない自由、歌う自由、歌わない自由がある”、と答弁したことと、都教委がやっていることに矛盾がないか問うたところ、横山氏は、国旗国歌の問題は教育指導上の問題であって、自由があるかどうかの議論にはなじまない、と答えました。

さらに、「子どもの権利条約」第12条で意見表明権が、同13条で表現の自由・情報受領権が保障されていることから、式に際して「内心の自由」を説明することは、むしろ望ましいのではないかと問われ、横山氏は、普段の授業において教えればよい、と答えました。また、生徒への圧力は許されないと認めた後、不起立の生徒を担当する教員への処分は、生徒への圧力になるのではないかと問われ、横山氏は、圧力にはならない、と答えました。さらに、ある卒業式において、卒業生が“これ以上先生たちをいじめないで!”と叫んだことを問われ、横山氏は、生徒への圧力になるかどうかは、校長たちが何を行ったかによる、と答えました。

最後に、通達の実施にあたり、嘱託として勤務している職員が不起立だった場合に、契約更新が取り消されることを事前に告知したかどうかについて、横山氏は、告知したと答えました。しかし、この告知は、あくまで「非違行為」があった場合に、それを取り消すと伝えていただけで、「君が代」斉唱時の不起立がそれに該当し、不起立者は契約更新を取り消される、ということを伝えていませんでした。

以上が、横山氏に対する証人尋問の大まかな内容です。この証人尋問を通じて、国旗国歌を学校現場へ持ち込もうとする都教委の方針が、きちんとした話し合いを経ないまま決定されたことが明らかになったように思います。少なくとも、旭川学テ判決の趣旨を考慮したり、子どもたちのことを真摯に考えたりして決定された内容とは思われません。

また、土屋都議など一部の議員の質問に対して、都教委で何の議論もしていないにもかかわらず、その質問を丸ごと肯定するような答弁を繰り返したり、自民党県連が主催するシンポジウムにパネリストとして参加したりするなど、横山氏の政治的な偏りも明らかになったように見えました。教育に対する政治的な介入は極力控えるべきだ、とする旭川学テ事件最高裁判決の趣旨に照らして、横山氏の言動は、教育委員としてふさわしいものだったのか、疑問の残るところです。

私が特に疑問に思った点は、式の際に「内心の自由」について説明することを不適切だと横山氏が言い切ったことです。憲法第19条は「思想・良心の自由」を保障しており、これに基づいて、「君が代」斉唱時に着席することは認められるはずです。このことは、国旗国歌法の審議の際に、政府自身が認めたことです。そしてこの自由は、生徒のみならず、保護者・来賓にも認められるはずです。したがって、式の際に説明することは、憲法尊重擁護義務を負う公務員である教員に対して、むしろ積極的に要請されると考えられます。このことを頭から否定する横山氏の姿勢こそ、「不適切」ではないでしょうか。

次回口頭弁論は、11月9日午前10時より、東京地裁103号法廷で行われます。

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