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薬害イレッサ訴訟

T・O記

薬害イレッサ訴訟とは、抗がん剤イレッサの副作用によって、間質性肺炎などを発症し、死亡した肺がん患者の遺族が、イレッサを販売したアストラゼネカ社と、イレッサを承認した国を相手に、損害賠償を請求している事件です。

イレッサとは、「副作用が少なく、手軽に自宅でも職場でも少しの水で服用出来て、奏効率は従来の抗がん剤と比較すると何倍も高い」などの宣伝文句で登場し、肺がん患者の希望の薬となりました。2002年8月に発売され、2カ月の間に、1万人以上の患者に投与されました。しかし、その間に、125名に副作用の症状が現れ、うち39名が死亡しました。日が経つにつれ、重篤患者、死者の数は増え続け、2004年3月までの間に、3万5千人の患者に投与され、死者は444名にのぼっています。
 
では、なぜこのような薬が承認されたのでしょうか。新薬の承認は、非臨床試験と、臨床試験を通過して、初めてなされます。非臨床試験は、ラットなどの動物に投与して行われます。臨床試験は、人に対して行われます。そして通常、以下のようになされます。第一段階として、健康な成人に投与して、安全性を確認します。第二段階として、対象疾患の患者さんのごく少数に投与して、効果の範囲や、適正な量を調べます。そして第三段階として、有効性と安全性を確かめるために、一定規模の患者さんに対して投与し、効果や安全性の最終確認をします。そして厚生労働大臣の承認を経て、初めて薬として市場への流通が認められます。

ところが、抗がん剤については、第二段階で効果が認められれば、第三段階を経ないまま、承認される仕組みになっています。しかも、第二段階で認められる効果は、治癒率や延命効果ではなく、一ヶ月の間に腫瘍の大きさが半分以下になる症例が一定程度あればよい、とされているのです。また、薬事法第14条7項は、当該医薬品の対象疾患が重篤であり、かつ既存の医薬品と比較して有効性または安全性が医療上明らかに優れていると認められるときは、申出により優先審査品目とすることができるとしています。そして、イレッサはその対象が肺がんであることから、この制度の対象とされて、後で述べるように、拙速でずさんな審査が行われたのです。2002年1月25日に承認申請され、半年も経たない同年7月5日に承認がなされました。

さらに、イレッサの臨床試験において、データの改ざん・無視がなされていました。まず、臨床試験に当たっていた医者が、副作用と見られる間質性肺炎を確認し、その症状について、死亡の恐れがあることを示す「グレード4」で報告したにもかかわらず、会社は、承認審査のための報告書に、生命の危険のない「グレード3」と記載していました。また、動物実験でも、肺障害の悪化が確認されたにもかかわらず、その学会報告を中止し、厚生労働省への報告も承認後までしていませんでした。この他にも、いくつものデータの改ざん・無視があったそうです。

国の審査もずさんなものでした。たとえば、被告アストラゼネカ社は、海外で行われた臨床試験において、イレッサを投与された患者約1万9千人のうち、重篤な副作用が疑われた患者として196人を厚生労働省に報告しました。このうち死者は55人で、この中には間質性肺炎や急性肺障害の疑いのある死者12人も含まれていました。しかし承認審査を担当した厚生労働省の医薬品医療機器審査センタ−は、海外からの副作用報告について、アストラゼネカ社にそのデータを求めておらず、副作用かどうかの判断を事実上棚上げし、審査報告書にも盛り込みませんでした。

また国内での臨床試験でも、イレッサを投与された286人のうち、副作用の肺障害で1名が死亡、3名が重症とされ、2002年5月22日に、その報告が厚生労働省に対してなされましたが、厚生労働省は、承認を行う審議会に対してこの事実を報告しませんでした。そして厚生労働大臣は、イレッサを新薬として承認したのです。

アストラゼネカ社の宣伝の仕方にも問題がありました。アストラゼネカ社は、イレッサについて、2001年11月1日のプレスリリースで、その副作用について、「発疹、乾燥皮膚あるいは掻痒のような軽度から中等度の皮膚反応や下痢です。重篤な副作用はまれで、通常は、病勢の進行に関連しています」として、重篤な肺障害などの副作用には触れませんでした。新薬として承認された3日後にもプレスリリースを行いましたが、このときも重篤な副作用には触れませんでした。

こうして、何も知らないままに大勢の患者にイレッサが投与され、444名の患者が命を奪われました。そこで、遺族が、アストラゼネカ社と国を相手に、損害賠償を請求したのが本件訴訟です。現在、東京と大阪で争われています。

原告らの請求の根拠はいくつかあります。以下、簡単に紹介したいと思います。

まず、製造物責任法による請求です。製造物責任法第2条2項は「この法律において『欠陥』とは、当該製造物の特性、その通常予見される使用形態、その製造業者等が当該製造物を引き渡した時期その他の当該製造物に係る事情を考慮して、当該製造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいう」と定めています。

そして、イレッサには死亡にいたるほどの副作用があること、販売時に添付する書類に適切な指示・警告が付されていなかったこと、プレスリリースにおいて宣伝活動を行った際に重篤な副作用に触れなかったことなどが、製造物責任法第2条2項に定める「欠陥」であり、その責任を負うべきである、というのが一つ目の主張です。

次に、不法行為に基づく責任を主張しています。人にとって医薬品は外部性の異物であることから、使用によって、人の生命・身体に危険が及ぶ可能性があります。また、製薬会社は、医薬品の製造・販売によって大きな利益をあげています。さらに製造・輸入・販売を排他的に独占しており、かつ副作用の情報についても、収集・分析する能力があります。したがって、製薬会社には、医薬品に対して、安全確保義務がある、というわけです。そして、この安全確保義務に基づいて、製薬会社は、臨床試験などを通じて危険性を予見する義務を負い、危険が明らかになったときは、その結果を回避する義務を負う、というわけです。

イレッサについて言えば、会社は、臨床試験によって、重篤な肺障害を引き起こすことを把握しており、危険性について十分に予見可能だといえます。販売の際にも、そうした副作用について十分な説明・警告をしていませんでした。広告によっても、その危険性を明らかにせず、副作用が小さいと宣伝してきました。こうしたことから、結果回避義務に違反したというのが、会社に対する二つ目の主張です。

国についてですが、国は、医薬品の安全性を確保すべき高度の注意義務、医薬品安全性確保義務を負っていると考えられます(クロロキン訴訟最高裁判決(1995年6月23日)参照)。そして国は、イレッサについて、その副作用により死亡する可能性が高かったことを、アストラゼネカ社が提出した報告書により、容易に知り得る立場にありました。にもかかわらず、ずさんな審査によって、承認すべきでない医薬品を承認し、444名にのぼる死者を出してしまったという、安全確保義務違反があるというわけです。

原告らの訴状にも指摘されていますが、日本においては、サリドマイド事件をはじめ、スモン事件、薬害エイズ事件、薬害ヤコブ病事件などの事件が起き、そのたびに国の責任が問題となり、国はこうした悲惨な薬害事件を起こさないよう最善・最大の努力をする、と言明してきています。しかも、薬害ヤコブ病事件で国がこのような誓約をしたのは、2002年3月25日、すなわち、イレッサが承認される3ヶ月ほど前にすぎないのです。にもかかわらず、薬害イレッサ事件が起こってしまいました。アストラゼネカ社および国は、それぞれの責任をきちんと認め、被害者や遺族に謝罪し、賠償をすべきではないでしょうか。そして、二度とこのような薬害事件が起きないよう、努力していくべきあるように思われます。

関東での訴訟は、これまで4回の口頭弁論が開かれています。次回は11月30日午後1時半より東京地裁103号法廷で行われます。また関西での訴訟は、これまで6回の口頭弁論が開かれています。次回は12月7日午後1時15分から大阪地裁202号法廷で行われます。

 

 
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