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憲法情報Now<憲法関連裁判情報>

 

薬害イレッサ訴訟(3)

T・O記

20006年1月18日、東京地裁において、イレッサ東日本訴訟の口頭弁論が開かれました。この日は代理人3名から、イレッサの有用性について、被告アストラゼネカ社に対する反論について、意見陳述がなされました。以下、概要をレポートします。

まず、阿部哲二弁護士から、イレッサの副作用として、「死」をも許容されている、という主張に対しての反論がなされました。被告アストラゼネカ社は、下痢や脱毛といった副作用のみならず、「死」さえをも、「ある程度の副作用」として服用患者は受容しているのだと主張しているそうです。

しかし、阿部弁護士は、がん患者が余命半年と宣告されながらも、その中で一日でも生命を長らえたいという思いから抗がん治療に挑むのであり、「死」という結果を受容するものではない、と述べました。また、刑法202条の嘱託殺人罪を援用し、人が他者の生命を左右することがあることを法は許容していないと指摘しました。

さらに、イレッサについては、100人が服用した場合、2,3名が間質性肺炎で死亡するというデータをあげ、もし100人の集団の中に、2,3名の死者が出てもいいと考えて意思を投げ込めば殺人になるのと同様に、アストラゼネカ社が、100人中2,3名は死亡しても仕方ないという考えからイレッサを販売したのであれば、立派な殺人であると指摘しました。

実際、イレッサ販売から2年10ヶ月で607名が間質性肺炎を発症し死亡しました。これは2005年4月時点での数字であり、現在までに死者はもっと増え、700名を超えているのではないか、と阿部弁護士は主張し、あくまで「ある程度の副作用であり、受忍されている」と主張するアストラゼネカ社を厳しく批判しました。

続いて、小池純一弁護士が、イレッサの有効性として、がんの縮小効果、症状改善効果などを総合考慮すればいいなどとするアストラゼネカ社の主張に対する反論を述べました。

アストラゼネカ社は、抗がん剤の有効性は、延命効果だけではなく、がんの縮小効果、症状改善効果、QOL(クオリティ・オブ・ライフ)向上効果などの指標を総合的に考えればよく、また、延命効果が否定されても他の指標は良好であり、個別的にもイレッサが有効だった症例が多くあると主張しています。

これに対して小池弁護士は、まず総合考慮論に対して、第一に、抗がん剤の有効性は延命効果がもっとも重要な指標であることを指摘しました。抗がん剤には重い副作用がありますから、それを考えたならば、延命効果という、明確かつ客観的な評価基準が重要であるというわけです。さらに、症状改善、QOL向上などは、医師や患者の主観に左右される指標であり、延命効果と比べても客観性に劣る、とも指摘しました。

また、延命効果とがん縮小効果は、質的に異なり、両者を並列的に比較できるとする点でも誤りだと主張しました。すなわち、延命効果は、無効例・有効例を含めて全体的な生存利益を見るものであって、さらに安全性とのバランスの判断材料ともなる指標です。これに対し、がん縮小効果は、腫瘍の直径の変化を見るに過ぎず、安全性に関する評価は含まれない上、他者との比較をするものでもないため、腫瘍の縮小が本当に薬の効果であったのかも証明されないのです。

小池弁護士は、アストラゼネカ社の主張が、非科学的であることについても意見を述べました。つまり、医薬品の有効性については、比較臨床試験の統計学的分析によって評価するということが、すでに確立した考え方です。そして、それに基づいて、現座の医薬品評価のルールがあるのです。抗がん剤も、当然、無効例・有害例などを含めた全体的な延命効果を見た上で、その有効性が判断されます。

しかし、アストラゼネカ社は、こうした全体的評価とは無関係に、効いたという症例についての報告書やビデオを提出するにとどまります。その評価においては、プラセボ(外見上は薬だが、実際には薬の成分が入っていないもの。薬の有効性を比較するためにもちいられるもの)も用いられておらず、非科学的である、というのが小池弁護士の反論です。また、実際に効いたという声があったとしても、それは「3た論法(使った、治った、だから効いた)」という、はるか昔に否定された主張であって、その意味でも非科学的である、と小池弁護士は批判しました。

最後に、左近充寛久弁護士が、安全性についての意見を述べました。

アストラゼネカ社は、イレッサの危険性は他の抗がん剤に比べて高いものではないと主張しています。また、イレッサが間質性肺炎の原因だとはいえない、とも主張しています。この主張に対し、左近充弁護士は、抗がん剤に副作用があるとしても、延命効果があって初めて許容されるのであり、延命効果の認められる他の抗がん剤と比べて、イレッサは延命効果が認められない点が決定的に違う、と批判しました。

イレッサ服用と、急性肺障害や間質性肺炎との因果関係についても、イレッサ服用後に罹患する患者が非常に多いことから、それを否定することはできません。また、間質性肺炎は発症者の40%が死亡し、治療も困難です。その意味で、他の肺障害と比較することも妥当ではありません。アストラゼネカ社はイレッサの有効性を調査したINTACT試験、ISEL試験などの結果を根拠に、肺疾患という副作用を否定していますが、これらの試験は有効性を調査したものであって、肺疾患の調査ではありません。左近充弁護士はこのように批判しました。

この後、裁判の報告集会が開かれ、この日に意見陳述をした弁護士から、主張の要旨の説明や、傍聴に参加した支援者・関係者があいさつをしました。最後に原告の近澤昭雄さんがあいさつをしました。近澤さんは、ある医学生に、「イレッサで何百万人もの命が救われるのだから、娘一人の犠牲くらい我慢したらどうだ」と言われたという悲しいエピソードについて語りました。また、鎮痛剤であるモルヒネの投与に際して、医療現場では、まるでがん患者の命をモノであるかのように扱われているということに対する怒りを表明しました。そして最後に、がん患者には、納得のいく死を迎えてほしい、そのためには情報が必要であるが、アストラゼネカ社はそれをしなかった、という点を批判しました。

人の命は、比較考量できるものではありません。したがって、100人の命が助かるのであれば、1人の命が損なわれてもよい、ということには決してなりません。このことは、臓器移植で100人の患者が助かるからといって、1人の健康な人間を犠牲にし、その人から臓器を取り出して患者に移植することが許されないという例え話からも理解されると思います。しかし、アストラゼネカ社は、こうした患者たちの命の犠牲も、「ある程度の副作用」として、比較考量の対象としてしまっています。その意味で、この訴訟では、まさに、がん患者一人ひとりの命の重さが問われているといえるでしょう。裁判所には、ぜひともがん患者一人ひとりの命の重みを受けとめた判断をしてもらいたいと思います。

2月18日には、午後2時より、「薬害イレッサ・シンポジウム―これでいいのか日本の抗がん剤―」が、野口英世記念館講堂で、開催されます(伊藤塾・(株)法学館の共催です)。興味のある方は、ぜひご参加ください。

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